共通テストが終わり大学入試シーズンに突入した26日、読売新聞が朝刊で共通テスト流出のスクープ記事を掲載。衝撃が走りました。
以後、各メディアも追随し、私も複数のメディアにコメントを出しています。
犯人は高校2年生の女子生徒を名乗り、家庭教師の紹介サイトを通じて東大生などにSNSで接触します。
その際、「体験授業の時間を使って家庭教師としての実力をテストしたい」と連絡。
共通テスト初日の15日、地理歴史・公民の試験時間中(2科目受験は9時30分~11時40分、1科目受験は10時40分)、学生に世界史Bの試験問題とみられる画像を送信。解答を要求します。
うち、2人が試験時間内に解答を送信。
その後、学生は国語・現代文の解答を依頼されますが、試験時間中に「この結果はどのように使うのですか?」とメッセージを送ったところ、現代文の解答依頼をキャンセル。さらに学生が「同日受験されているのですか?」と問い合わせたところ、連絡が途絶えました。
別の学生は世界史Bの解答を送信後、12時5分に「今年の共通テスト問題ですかね?」と送信するも、こちらも連絡が途絶えました。
なお、この女子生徒を名乗る犯人が家庭教師紹介サイトで接触したのは、読売新聞27日朝刊では「4人以上」。NHKの27日・午前7時台ニュースでは「少なくとも5人」としており、大問ごとに依頼する学生を分けた可能性も指摘されています。
この問題流出事件、背景にはコロナ禍が見え隠れします。その理由は「感染対策」「スカイプ」「家庭教師サイト」の3点です。
まず、感染対策ですが、コロナ禍以前のセンター試験(2020年まで)は、座席の間隔がせいぜい50センチ程度でした。しかし、コロナ禍での共通テストでは2021年・2022年とも文部科学省が会場となる大学に「1メートル以上」間隔を空けるよう、ガイドラインに明記しました。
合わせて広い教室をセンター試験時代よりも少ない人数で利用することも求めています。座席間隔が空き、広い教室だと、それだけ試験監督の監視の目が行き届かなくなります。
しかも、後述しますが、試験監督の会場巡回は受験生への配慮からそれほど頻繁ではありません。試験監督は受験生30~40人に対して1人となるのが一般的です。そのうえ、広い教室、多くない巡回、犯人はそのわずかな隙をついた、と言っていいでしょう。
2点目はスカイプです。コロナ禍以前、スカイプやzoomなどのオンライン会議システムを普段使いする高校生がどれだけいたでしょうか。ゼロとまでは言いませんが決して多数派ではありません。しかし、コロナ禍によって、高校生もオンライン授業とは無縁でいられなくなりました。その結果、スカイプやzoomなどが身近なものとなりました。だからこそ、犯人はスカイプを利用したもの、と見られます。
3点目の家庭教師紹介サイト。こちらもコロナ禍によって利用する受験生・学生とも増加しました。
利用する側は休校やオンライン授業で満足いく内容を受けられていません。と言って、塾・予備校でも感染リスクがあるのは同じです。その点、オンライン家庭教師であれば手軽に、しかも希望する大学の学生と接触できます。
教える側となる大学生も同じで、対面式での塾・予備校であれば感染リスクがあります。その点、オンライン授業であれば感染リスクが低く、自宅にいながらアルバイトとして稼ぐことができます。
さらに付け加えれば、大学生は一般的には社会経験が多くありません。
今回の流出事件で犯人は「家庭教師としての実力を測りたい」との理由で解答を要求しています。
これが対面式の塾や予備校、あるいは家庭教師の紹介会社であればおかしい、と運営担当社員や教室長などが気づくはずです。
しかし、家庭教師紹介サイトは学生の本人確認などはしっかりするものの、授業などについては学生と生徒が直接やりとりすることになります。
そのため、「家庭教師としての実力を測りたい」という理由で解答を要求されても疑問に思わないのは、致し方ないと言えるでしょう。
もう1点、近年、情報通信機器やカメラが高度化していることも影響しています。
一般的な形状のスマホ以外にも小型化したスマホはいくらでも出ています。さらに、カメラ一体型の時計や眼鏡なども登場しています。
これは推測でしかありませんが、撮影・送信は袖口に隠した小型のスマホで。解答の受信は別のスマホやカメラ一体型の時計・眼鏡などを使い分ければ、不可能ではありません。
大規模な問題流出・カンニング事件はあまり前例がなく、その手口もあわさって、大きな話題となっています。
しかし、一方で私は随所に、犯人のずさんさ・浅はかさ、と言いますか、はっきり言えば頭の悪さを感じます。
その理由は、問題流出・カンニングのリターンの低さ、家庭教師サイトの利用、不特定多数への依頼の3点です。
まず、1点目、問題流出やカンニング行為が労力に見合っているかどうか。
はっきり申し上げて、注目される犯罪の割にリスクは高すぎます。
まず、試験実施中にカンニング行為やカンニングを疑われる行為が発覚した場合、失格扱いとなります。
当然ながら、国公立大学は出願できませんし、私立大学でも共通テストの成績を利用する入試方式は受験不可となります。
さらに、カンニングによって点数を上積みして合格後に発覚した場合はどうなるでしょうか。各大学とも合格を取り消し、除籍・退学処分とします。
これは大学1年生でも4年生でも同じで、昭和時代には、従弟による替え玉受験が発覚した学生を卒業間際になって退学とした、との記録も残っています(徳永清『カンニングの研究』/1965年刊行)。
仮に、大学卒業後の判明でも、卒業取り消しのうえで除籍となる可能性があります。
要するに、カンニング行為が露見しないかどうか、ずっと怯えて暮らすことになるのです。しかも判明時期が遅ければ遅いほど、ダメージは大きくなります。メディアは実名での報道をしなくても、情報化社会である現代ではSNS等で実名がさらされるでしょう。
いくら志望大学の合格のため、とは言え、リスクの高さを考えれば労力に見合ったものとは言えません。
2点目は家庭教師サイトの利用です。
いくら受験生本人の確認がいい加減だったと言っても、費用の振り込みが発生します。26日の読売新聞朝刊ではクレジットカードを利用、とあります。
クレジットカードを作成する際は本人確認書類が要求されるので、ここから本人または家族かどうか、などが判明します。
3点目の不特定多数への依頼。
27日午前現在ではNHKが「少なくとも5人」と報じています。
所属大学は東大のほか、京都大生などもいた模様。
家庭教師サイトに登録している難関大生は、解答を正確に出す、という点では適しているでしょう。
ですが、その反面、受験事情や大学入試問題に関心が高い学生でもあります。共通テストは試験当日夜には大手予備校などがサイトに問題と解答を掲載しますし、翌日には新聞各紙もそれに続きます。
大学入試問題に関心の高い学生であれば、「どれ、試しに解いてみるか」と考えるのが自然です。つまり、いくら問題を流出させても、遅くても試験翌日には判明する可能性が極めて高いのです。
しかも、家庭教師紹介サイト経由で依頼された大学生は受験生との交流・接点がほぼありません。
そうした受験生と思しき人物から不正に手を貸した、と気づいたとき、黙っているか、それともその事情を公表するか。
まあ、ほとんどの学生が後者を選択するでしょう。黙っていれば、不正に手を貸したことになり、のちのち露見すれば、不正を助長した、と非難されかねません。それよりも、すぐに事情を公表した方が自身を守ることができます。
以上、3点について、犯罪ジャーナリストでも何でもない人でも、ちょっと考えれば分かる話です。
それを考えずに、問題を流出させてしまうのは、底が浅いというか、頭が悪い、と言わざるを得ません。
一方、今回の問題流出事件は単独犯ではなく、グループによる犯行ではないか、との意見もSNS上で出ています。
私は単独犯か、またはグループだったとしても、高校生のみのグループではないか、と見ています。
理由は前記の通り、頭の悪さが随所に出ているからです。
特に、グループ、それも大学生や社会人が関わっているのであれば、不特定多数に解答を依頼することはあり得ません。口止めできる大学生をグループの一員にして正答を出させれば、犯行が露見するリスクが大幅に減らせます。
まあ、そもそも、大学生や社会人がいれば、リスクの高さから手を貸す人はそうそういないでしょうけど…。
今回の問題流出事件はコロナ禍が見え隠れしている、と先に指摘しました。
過去のカンニング・入試不正事件も同様に時代を映しています。
1975年には津田塾大で替え玉受験が発覚。女子大の受験会場に来たのは女装した父親でした。なお、当時、津田塾大は2日間受験でした。
1991年には明治大で替え玉受験が発覚。人気タレントだった、なべおさみの息子が替え玉受験をしたことで、明治大やなべやバッシングされます。見かねた、ビートたけしがこの息子にたけし軍団入りを進め、弟子となります。で、受験したところが夜間部だったので、なべやかんという芸名になりました。
2009年には中央大学理工学部で替え玉受験が発覚。このとき、受験生は自身の写真と替え玉受験者の写真を合成、どちらにも見えるよう工作していました。
この事件からは、写真加工ソフトなどが一般化していたことを示しています。
2011年には浪人生が京都大などの受験の際、Yahoo!知恵袋に投稿。同年3月、偽計業務妨害容疑で逮捕されています(後に不起訴)。
この事件はYahoo!知恵袋が高校生にとって身近だったことを示しています。
では、今回の犯行、大学入試センターや運営にあたった大学に問題はなかったのでしょうか。
カンニング対策はセンター試験時代からずっと議論されています。
が、実は、積極的な防止策というよりは未然防止策に重点が置かれています。
『月刊高校教育』2012年6月号の「大学入試監督はクレーム対応の歴史だった」(小野田正利・大阪大学大学院人間科学研究科教授)にはカンニングについて次のような記載がありました。
カンニングの摘発(具体的証拠の確認)は、極めて難しいことが多く、また、もしそれが誤認であった場合には受験生本人と周りの受験生に与える動揺が大きくなるので、必ず試験会場の監督者全員で確認をして明白でない限りは、発見に努めるのではなく「未然防止=させないような雰囲気を作ること」に留意することとなっています。
そのためには試験会場(教室)内の巡回しかありません。
ところが、これもやりすぎると他の受験生から苦情を寄せられることになります。
記事にはこうあります。
試験監督者がしつこく室内巡視をすることは「ほどほどに」となり、立ち止まって受験生の様子を見ることは控えるように、しかし他方でカンニングなどの不正行為をさせないようにすることは怠らないように、というはなはだ矛盾した指示が、当然のごとく出てきます。「結局、どうせえちゅうねん!」
一部では、送受信をできないよう、妨害電波の利用を推す意見もあります。ただ、約50万人が受験する共通テストで全国の会場に配備すれば、それだけコストも上がります。
これは、事前の持ち物検査なども同様です。
では、どうすればいいか。私は前記に出た巡回増加しかない、と見ています。
もちろん、巡回増加をうるさい、とするクレームは発生するでしょう。
「不正防止対策のために、試験監督の巡回回数は増やす。歩く音、しぐさなどについての苦情は受け付けない」と先に断れば、問題はないのではないでしょうか。
もちろん、カメラ一体型の時計・眼鏡やスマホの小型化など、情報通信機器の発展に現在の文部科学省・大学入試センターは付いていけていません。
巡回増加だけでなく、情報化社会に応じた防止策が文部科学省・大学入試センターには求められます。