成層圏を飛行し続ける無人飛行機が基地局となり、モバイル端末に対する電波を届ける、そんな未来が近づいています。2019年4月、ソフトバンク株式会社は、子会社であるHAPSモバイル株式会社を通して「HAPS(High Altitude Platform Station)」事業を展開し、エアロバイメント社 (米・AeroVironment, Inc.)の協力のもと、地上約20キロメートルの成層圏で飛行させる成層圏通信プラットフォーム向け無人航空機「HAWK30(ホーク30)」を開発したことを発表しました。
さらに今月8月には、ハワイ州ラナイ島の成層圏での無人航空機「HAWK30」の飛行許可取得を発表するなど、実用化に向けて着実に進歩し続ける注目のテクノロジー「HAPS」について解説します。
建物の屋上や鉄塔など、さまざまな場所にアンテナが設置されているのは、多くの人が見たことがあると思います。携帯電話サービス用に設置される多くの基地局アンテナは、電波を広い範囲に届けるため、このような高い位置に設置されています。また、基地局アンテナとモバイル端末との間に建物などの遮蔽物(障害物)があると電波が届きにくくなる場合があることも理由の一つと言え、多くの鉄塔タイプの地上基地局は、地上高40〜50mぐらいにアンテナが設置されています。
鉄塔を高くすればするほど、1つの基地局でカバーできる範囲が広がり、障害物の影響を受けにくくなります。しかし、鉄塔を高くするには当然限界があります。建物の高さも同様です。そこで登場するのが、基地局を載せた飛行機による上空から通信を提供する技術「HAPS」なのです。
現在の技術では、一般的な基地局が通信可能な範囲は、直線距離にして約100km程度と言われていますので、地上から約20kmの高さにある成層圏に基地局を1つ用意すると、半径約100km、直径200kmの範囲が通信可能なエリアとなります。そのため、地上基地局で日本列島全体をカバーするには何千、何万の基地局が必要なのに対し、「HAWK30」であれば、約40機で日本列島全体をカバーできるようになります。
他にも利点があります。カバー範囲が非常に広いので、圏外エリアを大幅に減らすことができます。山岳部や離島など、地上基地局では対策が困難な場所でも通信が可能になりますし、海外の発展途上国などの通信ネットワークが整備されていない場所や地域で、安定したインターネット接続環境を構築することが可能になります。地震などの災害が発生して、地上基地局が被害を受け稼働できないような状況になった場合の対策方法としても期待できるでしょう。
さらに、成層圏の基地局は、地上基地局よりもっと高い位置にあるドローンなどの飛行物との相性も良いでしょう。
突然ですが、「電波の伝わる速さを知っていますか?」
こう質問されると答えに迷う方もいるかもしれませんが、光の速さなら答えられる方は多いと思います(秒速 約3億メートル毎秒=3.0×108m/s)。なぜこの話をしたかというと、光も電波も同じ電磁波の一種であり、その速さは有限です。実はこれが、非常に重要なポイントなのです。
「(地上から見て)上空からの電波」という視点で考えると、宇宙空間にある衛星との通信も同じようなものと考えられます。異なるのは、その距離です。
たとえば対地静止軌道衛星(geostationary earth orbit/GEO satellite)は地上から約3万6000km、低軌道周回衛星(low earth orbit satellite/LEO satellite)でも地上から約1200km離れた上空にあります。地上から約3万6000km離れている対地静止軌道衛星に対しては、片方向の通信だけで200msec(ミリ秒)の時間が必要になります。返信を受け取るのに同じ時間がかかるため、RTTは最低でも倍の400msec以上の時間がかかることになります。低軌道周回衛星も片方向だけで約9msecと、これでは携帯電話での通話に影響が出てしまいます。しかし、地上から約20kmの成層圏を利用するHAPSであれば、片方向で0.3msecしかかかりません。
また、電力密度の面でも成層圏の利用は優位といえます。電波は自由空間(物質のない理想の空間)では電力密度が衰えることなく伝わりますが、実際には距離が遠くなるほど弱まっていきます(距離の2乗に比例して減衰)。
電力密度が弱くなると、通信品質も劣化していきます(スマホのアンテナバーを想像すると分かりやすいかもしれません)。地上からの距離が近いHAPSの電力密度は、対地静止軌道衛星の約100万倍、低軌道周回衛星の約1万倍あり、既存のモバイル機器に対しても高品質な通信サービスを提供できます。
そして成層圏の環境も大きな要素です。雲よりも高度が高いためソーラーパネルで太陽光を常時受けることができるほか、年間を通じて比較的風が穏やかなため数カ月単位の長い期間を安定して飛行することができ、無人飛行機による基地局を運用するにはとても魅力的な環境なのです。