PTZカメラといえばどんなイメージがあるだろうか?遠隔制御できるPTZ(パン・チルト・ズーム)カメラは、特殊な用途が多く、馴染みがなかったかもしれないが近年状況は変化している。
2020年の新型コロナウイルス感染蔓延による外出自粛の流れを受け、オンラインセミナーやライブ配信の需要が増加すると、PTZカメラが小規模プロダクションや一般的な撮影現場でも使われることが拡大してきた。その理由には、少人数でバリエーションに富んだ映像を切り取ることが可能なカメラであるからだ。
そこで今回、PTZカメラを導入した2つの映像プロダクション会社に導入の経緯や使い勝手、導入メリットについて取材してきた。本記事ではキヤノンのリモートカメラ「CR-N500」3台とリモートカメラコントローラー「RC-IP100」を導入した東京・中野区にある株式会社グラスフェイスのプロデューサーである佐藤貴憲氏にイベント制作会社がなぜPTZカメラを導入したのか?その背景を聞いてみた。
――まずは御社の業務内容をお聞かせ下さい。
佐藤氏:
一言で言うとイベントの制作会社です。具体的には、企業の新製品発表会や新CM発表会などを総合的に手掛けています。基本的に広告代理店から依頼を受けて、会場の手配、大道具小道具の制作、演出を考えたり、進行台本を作ることはもちろん、映像・音響・照明の手配、司会者のブッキングや、出演タレント事務所との事前調整などイベント実施に関するすべてを請負っています。
――イベントの内容について、もし少し詳しい話を聞かせて下さい。
佐藤氏:
都内のイベントホールみたいな大きな会場にタレントを呼んでプレス関係者が100人以上来るような大規模なものから会議室で企業の社長さんが自らプレゼンするものまで、コロナ前は会場にお客さんを入れて実施する、いわゆる「リアルイベント」が中心でした。でもコロナ禍の影響でリアルイベントはすべてキャンセルになり、オンライン配信ばかりになってしまいました。こんな最中に話がきたのが、とあるオープニングイベントです。最初はリアルイベントで進めていましたが、結局、コロナ禍の為、いったんストップされて映像配信イベントとして行うことになりました。ただ、その頃、会場のある県は感染者ゼロのときだったので、東京からスタッフを送ることは断念し、Web会議サービスで現地のイベント会場と東京の本社をつないで開催することに切り替えました。お陰様で実施したイベントは高い評価を得られました。
――これまで映像制作の部分は外注していたということですが、なぜCR-N500を導入して自社で行うことになったのでしょうか?
佐藤氏:
そのオープニングイベントで良い評価を得られたことをきっかけに、映像配信業務に興味を持ち、自社内で内製化できないかと思い始めました。クオリティの高い本格的な配信を行うには、会場内の照明や音はもちろん、色々な業務を専門業者に依頼する必要があります。しかし、ここで問題が起こりました。ご多分に漏れず、コロナ禍以降、映像配信イベントが急増。なかでも映像配信の専門業者が引っ張りだこになりました。特に第1回目の緊急事態宣言が出たときは、日々の現場に追われて次の仕事の打ち合わせの時間が取れないほど映像配信の業者がつかまらなくなってしまいました。とにかく配信イベントは映像が命。満足に打ち合わせができないと不安なので、自分たちで何とかしないといけない、自分たちで映像配信ができないかと思い始めたのです。これまで映像の経験はありませんが、長年イベント業界で仕事をしてきたので基本的な知識はとりあえずある。そこで、現場で知り合った映像配信に詳しい方や、知人に紹介してもらった映像配信会社の方にお願いして、配信現場で色々と勉強させてもらって何とか知識を身に着けていきました。最初に買ったのは小型の業務用カムコーダーを2台揃えました。全然触ったことがない素人が業務用カメラをいきなり手にしたものだから、2台のカメラの色が全然揃わないとか、とにかく使い方が難しい。スイッチやボタンが独特で設定メニューの階層の多さにも苦労しました。これまでカメラマンにお願いするだけで済んでいたことを全部自分でしなければならず、改めてプロカメラマンのすごさを感じました。意外と業務用ビデオカメラの使い方に関する情報が少なく苦労しましたが、それでもYouTubeを参考にしたりネット情報を収集したりと試行錯誤していました。そんなときにPRONEWSでキヤノンPTZカメラの存在を知りました。いろいろなメーカーがPTZカメラを発売してますが、キヤノンCR-N500を選んだのは、最新機種でこの先長く使っていきたいという想いとIT製品と同じような感覚で扱い易そうだったからです。また、配信する映像のクオリティにも妥協したくなかったので上位機種のCR-N500を選びました。
――実際にCR-N500を使ってみた感想はいかがでしたか?
佐藤氏:
CR-N500は3台導入しましたが、色味の個体差がないし、ホワイトバランスや露出の設定がブラウザ上の操作でできるとか、ユーザーインターフェースがわかりやすい。素人でも業務用カメラに匹敵する機能が自由に使いこなせます。もちろん画質は4Kだから申し分ないし、ノイズが少ない点も気に入っています。もし専門業者さんが持ってきたカメラでこの画質レベルでしたら、「次もこれでお願いします」と言いたいレベルです。あと、オートフォーカスは強力です。これまでの業務用カムコーダーはピント合わせに散々苦労しましたが、CR-N500の顔検出AFを使えば人物の顔にすっとピントが合うし、被写体が動いても大丈夫。アップルのスティーブ・ジョブズみたいに歩きながらプレゼンする人をフォローする場合でも、カメラのパンに対してもしっかりとフォーカスが追従します。また、PC上の設定ページでカメラ映像からオートフォーカスの対象をクリックして、フォーカスを簡単に変えられるのは良いですね。それからリモートカメラコントローラーRC-IP100も一緒に導入しましたが、カメラのパンやチルトの動きもレバー操作で簡単にでき、ズーミングもレバーの押し加減でスピードを調整できる。パン、チルト、ズームの動作音も静かですね。全ての操作が直感的にできるのはありがたいです。独特なインターフェースを持つ業務用カムコーダーと違い、PTZカメラはパソコンなどのIT製品と同じ感覚で使えるので機器として導入しやすかったです。
――CR-N500を選んでどのような点が良かったですか?
佐藤氏:
業務用カムコーダーは頑丈な三脚を用意する必要がありますが、プロ用の三脚があんなに高いとは思いませんでした。それに業務用機材は高いだけじゃなくてみんな大きくて重い。会場への搬入やセッティングにそれなりのスタッフが必要だし時間も掛かります。CR-N500を選んだことで、セッティングや撤収の意味でも楽になりました。それからリモートカメラコントローラーを使えば、離れた場所からカメラの遠隔操作が可能です。PTZの動きを記憶して再現できるトレース機能もワンマンオペレーションには便利ですね。まだ試していませんが、イベント会場に一人だけスタッフを置いて、私はオフィスでモニターを見ながらリモートカメラコントローラーを操作するなんていう配信スタイルが実現するかも知れませんね。
――どんなシステムで運用することが多いですか?
佐藤氏:
導入して日が浅いので、まだいろいろ試している段階です。LANケーブル1本繋ぐだけで済むNDIは会場でのセッティングが楽だし、何本もの映像ケーブルが床に這わすような見苦しさも養生も少なくて済みます。それにやろうと思えばワイヤレス化もできる。また、まだプロトコルを完全に理解していないので、完全に使い切れるというレベルではありませんが、キヤノン独自のXCプロトコルは、NDIのような使い勝手の他、リモートカメラコントローラーと組み合わせて、いろいろなカメラの調整が出来るようですのでこれから試していきたいと思っています。
――CR-N500やメーカーに対して何か要望はありますか?
佐藤氏:
まだPTZカメラ一年生なので、具体的にこうして欲しいみたいなことは、すぐに思い付きませんが、キヤノンさんで初心者向けのセミナーをぜひ開講して欲しいです。しっかり勉強できるなら有料でも構いません。たとえばこれまで映像制作とはあまり縁の無かった会社が、自前で映像配信をやろうとしています。CR-Nシリーズは、こんな新しいユーザーにぴったりだから、やっていただく価値はあると思います。
――最後に今後、CR-N500を使って実現したいプロジェクトなどありますか?
佐藤氏:
コロナ禍の今は、皆さん映像配信に注目されていますが、コロナ禍が終息してもお客さんを入れて実施する「リアルイベント」が復活しても、映像配信は情報発信のかたちとして残るのではないでしょうか?たとえばリアルイベントを実施しながら同時にライブ配信するいわばハイブリッドスタイルです。 これまで私達は、クライアントから発注を受ければ印刷物も作るし、PVみたいなものも作って来ました。結局何でも屋なんで、イベントにこだわるつもりはありません。今のうちに映像制作のスキルを磨いて、ミュージックビデオとかドキュメンタリーとか、PTZカメラを活用して新しい分野にもチャレンジしたいです。
――確かにキヤノンのPTZリモートカメラは、ミラーレスカメラでお馴染みのデュアルピクセルCMOS AFを搭載していますので、配信からミュージックビデオのような映像制作まで活用の範囲は広がりそうですね。今日はありがとうございました。