トルコの軍事用UAV開発戦略――外交安全保障政策を支える産業基盤の構築/牧田純平 - SYNODOS

1.トルコ製軍事用UAVの拡散

近年、トルコ製軍事用ドローン、とりわけUAV(無人航空機:Unmanned Aerial Vehicle)の活躍が、軍人やメディアの注目を集めている。

トルコ政府は1990年代後半から20年近くをかけ、国産UAVの開発・生産に向けた国内産業基盤の整備に努めてきた。その成果は2010年代後半の主力機の登場に結実し、2016年からはシリア内戦への介入過程で、2020年には輸出先のリビアやアゼルバイジャンで戦局を左右する活躍を見せた。

これまで、それぞれの戦闘でトルコ製UAVが見せた活躍を報じる記事は存在したが、国産UAV開発にかかわる国家戦略や産業基盤の構築を含む、トルコ製軍事用UAVの在り方や今後に関する総合的な検討は見受けられない。

これまでのUAV開発プロセスや政府文書を見ると、トルコは、ある国家戦略の下で政府・軍・民間企業が連携し、一貫した開発努力を続けてきたことが分かる。トルコ製UAV活躍の背景を分析することは、UAV大国としてのトルコが一朝一夕には成立し得なかったこととともに、今後の開発動向の不安定さをも明らかにしてくれる。

2.国産UAV開発史

トルコ政府内でドローンへの関心が高まったのは東西冷戦終結前後のこととされている。1990年代中頃から2000年代は、国産開発に向けた努力が進められていたものの、米ゼネラル・アトミック社製のGNAT750S(1995年)、イスラエルIAI社製のヘロン(2005年)など、輸入に大きく依存した体制となっていた。

こうした輸入主体の体制は後に国産主体へと転換していくが、その原因として指摘されるのが欧米諸国による武器禁輸措置の影響である。1973年から74年にかけて勃発したキプロス紛争以降、アメリカによるトルコへの禁輸措置が継続されており、後にはイラン核合意に関する意見の相違、人権外交の影響で、RQ-9リーパーといった最新兵器の輸入が益々困難になっていった。一方、もう一つの主たる輸入元であったイスラエルとの関係は、対アラブ諸国関係とのバランスが常に課題となっていたが、2010年5月のガザ自由船団事件(トルコのNGO等がガザ地区への人道支援目的で設立した船団に対し、イスラエル軍が臨検を試みた際に抵抗する船団側と戦闘に発展し、戦闘の中で船団構成員9名が死亡した事件)への対応などを原因として外交関係が急速に悪化し、こちらからも輸入が困難となっていった。

輸入主体の体制から転換を促した要因としては他に、当初輸入した機体が技術的に未成熟であるため要求性能を満たせなかった事や、軍事技術を海外に依存することへの懸念なども指摘されている。

こうした要因が積み重なった結果、2000年代末から2010年代初頭には、トルコは軍事用ドローンの国産化に本格的に注力していくこととなる。既に2005年にはバイカル・マキナ(Baykar-Makina)社のバイラクタール・ミニ(Bayraktar-Mini)が、2010年にはトルコ航空産業(TAI)社のアンカ(Anka)のプロトタイプが開発されたが、前者は性能面で極めて限定的、後者はテスト飛行時に15分で墜落するなど、機体開発は難航していた。

しかし、こうした失敗を繰り返しながら軍需産業はドローンの性能を向上させていき、ついに2014年にはバイカル・マキナ社が主力機となるバイラクタールTB2(BayraktarTB2)を、遅れて2016年にはTAI社がアンカSの開発を完了させた。

軍の要求を満たす主力機が開発された後も、UAVの航続距離や攻撃能力の向上、USV(無人水上機:Unmanned Surface Vehicle)やUUV(無人潜水機:Unmanned Underwater Vehicle)、UGV(無人地上兵器:Unmanned Ground Vehicle)の開発など、国内軍需産業による技術開発は今日に至るまで発展を続けている。図1では、UAVだけでなくUUVやUSV、UGVといった国産ドローン全般の開発状況を時系列にまとめた。また図2では、現在開発中の機体を含む、主な国産軍事用UAVのスペックをまとめている。

【図1】2020年末までの主な開発年表【注1】

【図2】トルコ国内で開発された主要なUAVのリスト【注2】

3.国産化をめぐる国家戦略

トルコは軍事用UAVの開発を本格化させるにあたり、目指すべき開発の方向性と使用用途を明確にした上で民間軍需産業を指導・監督してきた。トルコが目指した方向性を明らかにしているのが、2011年12月に国防産業事務局(SSB)が公表した「Türkiye İnsansız Hava Aracı Sistemleri Yol Haritası 2011-2030」(「UAVシステムロードマップ2011-2030」、以下「ロードマップ」という)である。

ここではまず、UAVの軍事利用が世界的に拡大していくこと、そしてUAV関連技術への投資がトルコに莫大な利益をもたらしうるという政府の認識が示されている。その上で、戦略的な資源投入による国産化推進と関係者間の共通認識形成のため、UAVの軍事利用を中心として、民間でのUAV利用や国際的なルール形成など広範な領域を扱っている。

軍事用UAVに関しては、図3に示したように、開発を目指すUAVの形態を、要求される任務とUAVを構成するシステムの2つの側面から定義し、開発目標年次を設定するという方法を採っている。

また、中期的(10年)な技術開発目標として、UAVを構成するシステムの自己診断・自己修復機能の発達、高度な自律性の確保と他の兵器との相互運用性の向上を、長期的(15年)な目標としてUAVに搭載されるAIの自己学習・自立的な意思決定能力の構築を、そして最終年次の目標として無人戦闘機の開発を掲げている。

【図3】ロードマップ上の軍事用UAVの分類と開発目標【注3】

トルコはこのように、国産開発を本格化させた時点でかなり包括的なビジョンを打ち出していた。しかし策定から10年近い期間が経過する中、ロードマップに掲げた目標の達成状況評価や見直しが行われている様子は管見の限り見受けられない。

SSBはロードマップ以外にも5年に1回「Stratejik Planı」(「ストラテジック・プラン」)を策定しており、そちらでもUAV開発を目標の一つとして掲げている。ロードマップ策定後は2012年版、2017年版、2019年版の3つが公表されているが、図4に示したように、その内容は抽象的で、評価の助けにはならない。

【図4】ストラテジック・プランに記載されたUAV開発目標【注4,5,6】

このように、政府文書から直接目標の達成状況を正確に評価することは難しいが、開発動向の現状から、以下のような評価は可能と思われる。

まず固定翼機については、開発済みのアンカ-SやバイラクタールTB2の性能を踏まえると、図3でいうところのシステム5までは開発が完了しており、現在はシステム6が配備目前まで来ている状況と推測される。開発中の機体のうち、TAI社製のアクスングルがシステム6に該当する機体と思われるが、2018年という目標年次は超過しており、計画通りに開発が進んでいない状況が伺える。

また回転翼機についても、カーグやセルチェといった小型のUAVは活躍が報じられているが、システム11や12に該当するようなUAVの開発動向は公にされておらず、現状は不明である。

ロードマップが定義に使用している高度や速度、航続距離の基準が不明な中での推測だが、全体として開発は進んでいるものの、当初掲げた目標よりも遅れが生じていることが伺える。

トルコの軍事用UAV開発戦略――外交安全保障政策を支える産業基盤の構築/牧田純平 - SYNODOS

4.軍事用ドローンの普及と戦場での運用 

計画との整合性や進捗状況への疑問は残るが、トルコが国産の軍事用UAVの開発に成功していることは間違いなく、2016年以降、シリア内戦に介入するため同国北部で実施した作戦で大規模に実戦投入している。

2016年のオペレーション・ユーフラテス・シールド(Operation Euphrates Shield:OES)では、UAVの配備数も少なく、陸上兵力主体で作戦を展開した結果、戦場が市街地戦に移行するにつれて泥沼化し、大きな損害を受けた。この経験を踏まえ、2018年のオペレーション・オリーブ・ブランチ(Operation Olive Branch:OOB)2019年のオペレーション・ピース・スプリング(Operation Peace Spring:OPS)では、UAVを先行展開し、陸上兵力の障害を排除するという運用方針を確立していった。

こうした運用方法が最高の戦果を発揮したのが2020年2月末から始まったオペレーション・スプリング・シールド(Operation Spring Shield:OSS)である。作戦発動直後から多数のUAVがシリア軍を攻撃し、その後に陸上兵力が電撃的な速度で侵攻する姿は、世界の軍事関係者の注目を大いに集めることになった。戦線はその後膠着状態に陥ったが、12日間という短期間で作戦を完了させたことで、損害を最小限にとどめることに成功した。

OSSは大規模な通常兵力同士の戦闘において、多数のUAVが他の軍種と共同で作戦行動をとり、短期間で大きな戦果を挙げたという点で稀有な事例である。過去、軍事作戦でUAVが使用された事例は無いわけではないが、OSSの規模・速度・戦果が各国の軍事関係者に与えたインパクトは大きく、中にはこれをもって新しい軍事ドクトリンの誕生と表現する論者も見受けられた。

しかし、以前別の記事(「オペレーション・スプリングシールド-ドローン大国トルコの仕掛ける戦争の姿-」先端技術安全保障研究所 HP)でも論じたように、OSSでは使用されたUAVの規模は増大したものの、UAVの使用方法や運用という点ではこれまでの作戦と質的に変化していない。規模は異なるが、軍事作戦でUAVが使用された他の事例と比較してみても、従事した任務に大きな違いは見られない。

また、新ドクトリン誕生を主張する論拠の一つに、UAVによる戦果の大きさを挙げる論者もいるが、トルコ軍の事例に限らず、正規軍同士の戦闘の中でUAVの挙げる戦果を正確に把握することは極めて難しい。戦場の混乱の中で、UAV単独での撃破数を把握しなければならない上、機種ごとに戦果を計上する必要も出てくる。

このように、UAVの戦果を根拠として用いる場合にも、解決されていない課題が多く存在している。いずれにせよ、こうした事由のみでは、なぜこの作戦において新しいドクトリンが誕生したのか、という問いに対して十分に答えることが出来ない、というのが筆者の考えである【注7】。

5.軍事用ドローンの輸出と国際関係へのインパクト

前節で確認したように、トルコ製UAVのシリアでの活躍はメディアを通じて大々的に喧伝されたが、その戦果が定量的にかつ厳密に証明されていないという曖昧さを抱えている。しかし、その曖昧さにも関わらず、効果的な兵器というイメージはトルコ製UAVへの需要に影響を及ぼし、徐々に輸出を拡大させている。

図5は、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースに登録されていた2010年から2020年にかけてのトルコのUAV輸出状況である。これを見ると、リビアやチュニジア、サウジアラビアといった中東・北アフリカ地域を中心に、ウクライナやアゼルバイジャンといったコーカサスや黒海沿岸地域にも市場を拡大させていることが分かる。2021年に入ってからは、モロッコやUAEといった国々もトルコからのUAV輸入を検討していると報じられている。

【図5】トルコの国産ドローン輸出状況(2010年~2020年)【注8】

図6は、2010年から2020年にかけてのトルコのUAV輸出状況を、同時期のアメリカ・イスラエル・中国のUAV輸出大国の状況と比較した資料となっている。これを見ると、トルコのUAV輸出数は他の大国に比べて少数であることが明らかである一方、輸出先という点では、UAEなどのごく一部を除いて重複・競合が見られず、棲み分けがなされていることが分かる。

【図6】中東・北アフリカ・コーカサス地域におけるUAV輸出状況の比較【注9】

今のところ、トルコはUAVの輸出を拡大させる方針を変えるつもりはなく、今後、中東・北アフリカ地域にさらに市場を拡大させようとするだろう。アメリカや中国もさることながら、中東諸国の中でもイスラエルやイランはUAVの輸出を積極的に実施しており、トルコの輸出拡大はこれらの国々との競合を加速させることになる。さらにUAVの輸出拡大は、地域の紛争の火に新しい油を注ぐことになりかねない危うさを抱えている。

中東地域ではないものの、残念なことにUAVの輸出が紛争の火種を燃え上がらせ、地域の国際関係にもインパクトをもたらす事案が既に発生している。それが2020年9月から始まった第2次ナゴルノカラバフ紛争である。

第2次ナゴルノカラバフ紛争では、イスラエル製及びトルコ製のUAVを輸入して使用したアゼルバイジャン軍が、アルメニアに対する数十年来の劣勢を覆して大きな戦果を挙げ、係争地となっていたナゴルノカラバフ地域の一部を奪還することに成功した。

図6に示したように、SIPRIデータベース上では、アゼルバイジャンの輸入したUAV機数はイスラエル製のものが圧倒的に多く、トルコ製の機体はわずかである。しかし、トルコは本紛争に当たり、UAVの機体だけでなく、地上からUAVをコントロールするための施設やUAV操縦要員の訓練など、UAVを軍事的に利用する上で必要な関連装備・技能を合わせて輸出・提供している。

UAVによる戦果を定量的に把握することが困難と言う点では前節の事例と同様であるが、報道されているようにトルコ製UAVが紛争において決定的な役割を果たしたとすれば、継続して機体や関連技術、ノウハウを提供できるトルコの影響力は大きく拡大することになる。

既に2020年12月には、第2次ナゴルノカラバフ紛争の結果を受け、ウクライナがバイラクタールTB2の輸入量を大幅に拡大させる決定を行っている。ドローン本体の輸出拡大とともに関連技術や運用ノウハウ、戦術思想なども提供していくとすれば、影響力拡大を狙うトルコと、輸入国やその背後で影響力を持つ地域大国との間で争いを引き起こし、やがて地域の国際関係にも新しいインパクトをもたらすことになるだろう【注10】。

6.トルコは勢いを保てるか?

これまで、トルコがUAVの国産化に向けた体制を構築し、それが軍事・経済・外交という各側面で大きな影響力をもたらしてきたことを確認してきた。トルコのUAV開発はこれまでのところ、若干の遅れを見せながらも、比較的順調に進展してきた。しかし、これまでの経過から、今後のUAV開発に関する不安材料の存在も見えてきている。

例えば、2020年秋以降のカナダ政府による禁輸措置で明らかとなった海外技術への依存や高賃金・好環境を求める人材の欧米諸国への流出など、開発の勢いを保つためには解決すべき課題が徐々に明らかとなってきている。

「ロードマップ」が対象とする開発期間も折り返しを迎えようとしている。トルコがこうした不安材料を乗り越え、UAV開発をさらに発展・加速させることが出来るか否かが、中東や中央アジアの国際政治の動向に無視できない影響を及ぼすことになるだろう。

【注1】各種資料をもとに筆者作成

【注2】各種資料をもとに筆者作成

【注3】SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, “Türkiye İnsansız Hava Aracı Sistemleri Yol Haritası 2011-2030,” SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, 2011.12(確認日2021年5月22日)http://ercancinar.com/wp-content/uploads/2017/10/SSM_%C4%B0HA_Sistemleri_Yol_Haritas%C4%B1_2012.pdf

【注4】SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, “Savunma Sanayii Mustesarligi 2012-2016 Stratejik Plani,” SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, 2011.12(確認日2021年5月22日)https://www.sasad.org.tr/uploaded/Savunma-Sanayii-Mustesarligi-2012-2016-Stratejik-Plani.pdf

【注5】SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, “Savunma Sanayii Müsteşarlığı 2017-2021 Dönemi Stratejik Plan,” 2017.3(確認日2021年5月22日)https://www.ssb.gov.tr/Images/Uploads/MyContents/F_20170606155720342529.pdf

【注6】T.C. CUMHURBAŞKANLIĞI SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, “STRATEJİK PLAN 2019-2023,”T.C. CUMHURBAŞKANLIĞI SAVUNMA SANAYİİ MÜSTEŞARLIĞI, 2019.11(確認日2021年5月22日)https://www.ssb.gov.tr/Images/Uploads/MyContents/V_20191204150841743368.pdf

【注7】牧田純平, 「オペレーション・スプリングシールド-ドローン大国トルコの仕掛ける戦争の姿-」, 一般社団法人先端技術安全保障研究所, 2020.11.2(確認日2021年5月22日)https://www.giest.or.jp/contents/reports/mj20201102.htm

【注8】Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Arms Transfers Database(確認日2021年5月22日)https://www.sipri.org/databases/armstransfers

【注9】Stockholm International Peace Research Institute

【注10】牧田純平, 「ナゴルノカラバフを巡る国際関係とドローン-トルコとロシアのグレートゲーム-」, 一般社団法人先端技術安全保障研究所, 2021.1.28(確認日2021年5月22日)https://www.giest.or.jp/contents/reports/mj20210128.htm