沖電気工業株式会社(OKI)が2021年12月に開催した「AIエッジ・カンファレンス&ソリューションコンテスト2021」においては、手軽に人の視線をシミュレーションできる「人の視線を可視化する『視線シミュレーションAI』」、「尿」や「便」を検出することで医療分野や介護分野に役立てる「”におい”の見える化による予防保全・見守り」など、多種多様なアイデアが入選した。
本コンテストは、OKIのAIエッジコンピューター「AE2100」を使い、さまざまな業種における社会課題を解決するためのアイデアや技術を競うというもの。本選には賞金が設定されており、1位に200万円、2位に100万円、3位に50万円が贈られる。メディア露出などの副賞もある。
なぜ、このような多種多様なアイデアは生まれたのか?今後はどのような展望を考えているのか?この記事では、本コンテストで1位・2位・3位に輝いた企業の担当者たちに話を聞いた。
関連記事:賞金総額350万円のAIコンテスト 人の視線を可視化するAIが優勝 「尿」や「便」の検出AIは2位コンテスト当日の様子。株式会社ウサギィ 代表取締役社長 町裕太氏、株式会社ウサギィ 邨井悠莉菜氏(右から順に)
数ある企業のなかで、1位に輝いたのは株式会社ウサギィによる「人の視線を可視化する『視線シミュレーションAI』」。アイトラッキングデバイスから集めた大量の視線データを学習したAIにより、システムに画像や動画をアップロードするだけで、手軽に人の視線をシミュレーションできる。
本ソリューションはコンテスト予選でもトップ通過し、本選でも「『そういう使い方があるのか』という思いがしました。非常に実用レベルも高い」(OKI 取締役専務執行役員 ソリューションシステム事業 本部長 坪井正志氏)などと高く評価された。なぜ、このようなユニークなソリューションは生まれたのか?
──まずは、御社について簡単にご紹介をお願いします。
邨井氏:私たちは約10年前のAIが流行していない時代から、システム開発とAIの開発に二軸で力を入れている会社です。社長の町が大学在学中に立ち上げ、今年で設立15年を迎えます。
豊富な知識と実績から、さまざまな企業様の課題解決に向けてサポートしています。過去の実績としては、特許庁のAIシステムを構築したり、NHKの生放送用の画像認識システムを提供したりしています。
コンテスト時のデモンストレーションの様子。本ソリューションは人が映像を見た時に、どの部分に視線がいくのかヒートマップと緑色のボールで表示する。ヒートマップで赤色の部分は人が見る可能性が高い箇所、緑色のボールはヒートマップの中でも1番注目する箇所を示す。実際に社員が映ると、社員の顔の部分が緑色のボールが位置した。動画はこちらから
──今回、御社は視線シミュレーションAIが評価され、優勝されました。従来のアイトラッキングデバイスと御社のソリューションとの違い、いわば強みを教えてください。
邨井氏:視線シミュレーションAIはデバイスデータを学習したAIモデルを使って人の視線を推測するため、デバイスが不要でシステム上で人の視線をシュミレーションできます。従来かかっていたデバイス費や人件費などのコスト、長い調査期間などをすべて大幅にカットできることから、費用や時間を気にせずに何度もシミュレーションできるところが強みだと思います。
──現在、視線に注目したソリューションはあまり存在しないと思います。他社とは少し異なるユニークな取り組みされようと思った理由が気になります。
町氏:現在ではGAFAをはじめ、さまざまな企業がAI技術に取り組まれています。クラウドで安価に提供される機能もどんどん増えていくことを考えると、私たちのような小さな会社はなるべく大企業がやっておらずかぶらないこと、変わったことに取り組まないといけないと常々思っています。
人間の五感のうち視覚にカメラを使って取り組まれる会社がたくさんあるなかで、映像以外の要素を入れながら、私たちのAIの価値を示すためにどうすれば良いのかを頭をひねって考え出しました。
──2018年頃から開発・研究を始められ、最初の約2カ月で形にはなっていたものの、その後も引き続き改善に取り組まれたと伺っています。今後、何か展望はありますか?
町氏:機械学習全般にありがちな課題ですが、コストをなるべく下げて速度を速くしたり、より精度を上げたりといった工夫を重ねていきたいです。ユーザーさんが使いやすいような機能をどんどん増やして愛されるというか、たくさん使っていただけるツールに仕上げていきたいと思っています。
また、弱視の方や色弱の方などの視線をシミュレーションして、多くの人が暮らしやすくなるようなデザインを作成するためのサポートツールになることも目指したいです。
コンテスト当日の様子。OKI 坪井氏、東海エレクトロニクス株式会社 マーケティング本部 センサ&エレクトロニクス新進部 部長 原幸司氏、東海エレクトロニクス株式会社 マーケティング本部 センサ&エレクトロニクス新進部 木野瀬さくら氏(左から順に)
2位は東海エレクトロニクス株式会社による「”におい”の見える化による予防保全・見守り」。医療分野や介護分野において、オムツのにおいの持続時間・湿度をAIで判定し、「尿」や「便」を検出、判別できる。排せつのリズムをAIで解析することで、排泄前にトイレにエスコートすることも目指す。なぜ、同社は”におい”に着目したのか?
──まずは、御社について簡単にご紹介をお願いします。
木野瀬氏:弊社の本社は名古屋市の栄にあります。創業は1945年です。取り扱い製品(※製品別連結売上構成比率)は半導体デバイスが約6割で、そのほか電子デバイスや高機能材料、システム等を取り扱っています。
市場別(※市場分野別売上比率)に見ると、名古屋という土地柄、自動車関連の売上が約7割を占めており、そのほかFA・工作機器や情報通信のお客様が多いです。今回、開発したおむつ用のにおいセンサーを含む医療分野はまだまだ売上比率としては高くありませんが、今後頑張っていきたいと思っています。
──今回、開発したおむつ用のにおいセンサーのアイデアはどこから生まれたのですか?
原氏:病院において「患者さんがトイレに行く際に起きる転倒事故が非常に多くて困っている」という施設側の声を聞きました。患者さんが排泄後のオムツに不快感を覚えて立ち上がり、転んだり怪我したりしているのです。僕らはそもそも排泄したらすぐにオムツを替えられれば、患者さんが立ち上がらなくて良くなり、転んだり怪我したりしなくなると考えました。
──おむつのなかの変化を検知する方法はあまり多くないかもしれませんが、なかでも”におい”に目を付けた経緯が気になります。
原氏:当初は静電容量のセンサーを使い、オムツのなかに水分が付いたら反応させるというところからスタートしました。当時は良いアイデアだと思っていましたが、「介護される人がセンサーを装着するのが不快なのではないか」「センサーが汚れたら毎回交換するのか」などの課題にぶち当たりました。
においでの検知を考え始めたタイミングで、株式会社コアさんのにおいセンサーを紹介していただきました。「これだったらオムツのなかにセンサーを入れずに、外に装着するだけで大丈夫だ」と思い、においセンサーの導入に話が進んでいきました。
コンテスト時のデモンストレーションの様子。デオドラントシートを入れた空気をセンサーに吹きかけると、モニターにすぐに「異常」と表示された。センサーでは匂いレベルのほか、CO2、温度、湿度、大気圧もわかる。動画はこちらから
──においセンサーではどのように「尿」と「便」を識別しているのですか?
木野瀬氏:AI解析を用いて、においの持続時間と湿度から「尿」と「便」を識別します。「尿」の場合はオムツにすぐに吸収されるので、においはあまり持続しません。一方で、「便」の場合はオムツのなかに残り続けるので、においも持続します。施設での評価結果では、実際の介護記録と9割程度合致しており、この判断方法は間違っていないのではないかと考えています。
──今後の目標は何かありますか?
原氏:僕らのゴールは「通信が途切れてしまう」や「センサーをトイレに落として水没してしまう」といった現状の課題を解決することのみではありません。病院のスタッフなど介護する側から「これで仕事が楽になった」、介護される側から「不快な思いもせずに安心して暮らせる」という声を聞くことです。このような声が生まれるように現場での評価をしっかりと進めていきたいと思っています。
コンテスト当日の様子
第3位は株式会社メトロが手がけた『複数アナログメーター一括データ化によるAI異常予測』。カメラで制御盤(※)に付いたアナログメーターを撮影し、メーターの値を読み込み/可視化できる。設備を止めずに導入でき、最大12個のメーターを同時に点検可能だ。なぜ、同社は制御盤に注目したのか?
(※)機械や設備を電気制御するための各種電気機器を納めた装置のこと。
株式会社メトロ 技術本部ビジネスソリューション部 部長 石田英之氏
──まずは、御社について簡単にご紹介をお願いします。
石田氏:弊社は昨年2021年に50周年を迎えました。最先端のセンシング、車載系モデルベース開発、ETLをはじめとしたデータ利活用サービス、スーパーコンピュータ向けの高速化サービス、コンパイラ向けの開発サービスなど、幅広くICTのサービス・ソリューションを展開しています。詳しくは公式サイトの「取扱い製品/サービス」ページをぜひご覧ください。
株式会社メトロ 技術本部 ビジネスソリューション部 社会システムグループ 課長 杉本信氏
──今回、御社は制御盤に関するソリューションを開発して、コンテストで3位に輝きました。一般的には制御盤という言葉はあまりなじみがないと思います。なぜ、御社は制御盤に注目したのですか?
杉本氏:私たちはお客さまから「全国の海部や山奥などのいろいろな場所に制御盤が設置されており、人が目視でチェックしている」と耳にしていました。
担当者の方が「現地出張に行き、目視点検して、異常を診断する」という流れのなかで、出張費や人件費などの無駄、また見落としや故障の発見の遅れなどにより、社会への被害拡大につながる可能性があります。このような課題の解決に役立つソリューションを考えたいと思いました。
──数十年前に設置されたまま回収・改善されていない制御盤も多いのですね。本ソリューションが評価されたポイントは従来であれば人が目視する必要があったところを、カメラでメーターを撮影してデジタル化できる点だと思います。
石田氏:おそらく、大企業だけではなく、中小企業の工場でもLEDのランプや流量計などのメーターがあると思います。私たちが目指したのは中小企業が、既存の設備を生かしつつ、非常に安価で導入ハードルが低いソリューションを提供することで、多くの企業が「効率化あるいはデジタル化の第一歩」を踏み出すことです。このような取り組みをしないと、日本のデジタル率はなかなか上がらないと感じています。
コンテスト時のデモンストレーションの様子。正常データを学習データとして、異常データをあぶり出す様子をアピールした。動画はこちらから
──もう少し技術的な話をすると、本ソリューションの強みの1つとして最大12個のメーターを同時に点検できることが挙げられます。この仕組みはどのように実現したのですか?
杉本氏:コンテストのデモでは「AE2100を使ってカメラ1つで複数のメーターを撮影し、メーターのなかの数値を読み取って可視化することで、異常値や予兆を判定する」という様子をご紹介しました。同時点検にあたっては、映像からそれぞれのメーター部分を切り取り、それぞれの針の位置をリアルタイムで分析して数値化しています。
──最後に今後の展望があれば教えてください。
杉本氏:まずは、本コンテストで開発したAI推論ライブラリー(画像解析によるメーター値推論アルゴリズム)をブラッシュアップして精度を高めていくこと。その後は、お客さまの現場に機器を持ち込んで分析していただき、改善すべきところや要望を取り込んでいきたいです。すでにいくつかの商談をいただいていますので、その話を進めていければと思っています。
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