「海軍戦闘機隊三大『きじん』」の1人
筆者が四半世紀以上にわたって、かつて日本海軍の戦闘機パイロットだった人たちを取材するなかで、「海軍戦闘機隊の三大『きじん』」と「三大『いじん』」という言葉をしばしば耳にした。
「三大『きじん』」は、黒岩利雄空曹長、赤松貞明中尉、虎熊正少尉(階級はいずれも最終階級)の3人。いずれも明治生まれの海軍戦闘機隊の古強者で、強烈な個性と伝説的な操縦の腕前を持ち、上官を上官とも思わぬ傍若無人なふるまいが語り継がれながらも、不思議に愛されている点で共通している。「きじん」は、「奇人」でもあり、「鬼神」でもあったのだろう。
「三大『いじん』」は、「きじん」より少し若い世代で、樫村寛一少尉、坂井三郎中尉、岩本徹三中尉を指す。樫村少尉は、支那事変初頭の三空曹当時、敵戦闘機との空中衝突で片翼の半分近くを失いながらも基地に帰還した「片翼帰還」で知られ、当時の国民的ヒーローだった。坂井中尉、岩本中尉はいずれも戦後、出版された書籍などから「撃墜王」として著名である。
この3人に共通したのは、口八丁手八丁、腕もいいが弁も立つ、ということのようだ。「いじん」が、「偉人」か「異人」かははっきりしない。
そんな伝説の戦闘機乗りのうち、ひときわ異彩を放っているのが黒岩利雄空曹長(1908-1944)である。海軍搭乗員の階級呼称は、昭和16(1941)年6月1日、航空兵曹長から飛行兵曹長へと変わったが、黒岩は呼称変更前の昭和14(1939)年、海軍を退役している。
黒岩利雄空曹長。中国・九江基地で、愛機・九六艦戦をバックに
今年の春、千葉県松戸市で零戦の実機を保管している「報国515資料館」管理人の中村泰三氏を通じて、福岡県の永住和嗣(ながすみ かずひで)氏という未知の人から、私のもとへ思わぬ知らせがもたらされた。
同じ会社に黒岩空曹長のお孫さんがいて、保管しているアルバムを近く郷里の資料館に寄贈することになったという。そして、拙著の読者である永住氏が、寄贈する前にそのアルバムを私に見せてくれるべく、お孫さんと話をしている、とのことだった。
私は、黒岩空曹長を直接知る人には何人も会ってきたが、家族の話は聞いたことがなく、ましてやアルバムが現存するなどとは想像もしていなかったので驚いた。
聞けば、黒岩空曹長とすま子夫人の間には子がいなかったので、姉の娘・五月(さつき)さんを養女として育てたが、その五月さんが今年3月に亡くなり、五月さんの娘、つまり黒岩空曹長の孫である野中聡美さんがアルバムを引き継いだのだという。SNSを通じて永住氏が送ってくれた写真を見ると、これは超一級の資料である。さっそく、複写のためにお借りできるようお願いした。
ほどなく届いた4冊のアルバムには、戦場や戦闘機のこれまで見たことのない写真がたくさん貼られていたが、そこから浮かび上がってきたのは、かつて海軍時代の同僚から聞かされていた豪放磊落なイメージとは少し異なる、優しく戦友思いで、しかも子煩悩な父親としての姿だった。
神立尚紀氏の最新刊。定価:1430円(税込)。講談社ビーシー/講談社。 「真珠湾攻撃に参加した隊員たちがこっそり明かした『本音』」「ミッドウェーで大敗した海軍指揮官がついた『大嘘』」「日本人なら知っておくべき『特攻の真実』」など全11章の、これまで語られることがなかった太平洋戦争秘話を収録。