【そもそも〝空飛ぶクルマ〟とは、どのような乗り物ですか?】はっきりした定義はありませんが、一般的には、▼ 電動で動く複数のプロペラを使って▼ 垂直に離着陸できる。▼ そして、いずれ、パイロットなしで、自動で運航できるようになる(例えば、利用する人が、ボタンを押すだけで、あらかじめ指定した目的地に向かうようになる)このような乗り物とされています。
【道路も走れるのですか?】いろいろなタイプがありますが、今、開発が進められている主流は、道路を走らないタイプです。ですから、ドローンの技術を使った「電動ヘリコプター」と言ってもいいかもしれません。ただ、今のヘリコプターと比べると、身近に利用できるようになり、「空の移動革命」につながるのではないかと期待する声が上がっているのです。
【空の移動革命ですか。どう変わるのですか?】▼ 電動。つまりエンジンを使いませんので、ヘリコプターより音がより静かで、排気ガスを出しません。▼ 機体の構造も、より単純で、部品の数が少ない。ですから、量産化が進めば機体の価格や整備のコストを安く抑えることができる。そして将来パイロットなしで飛行できるようになると運航のコストも安く抑えられる。▼ 狭い場所に離着陸できることから、住宅街を含め離着陸できる場所が大幅に増える。このようなことが、期待されています。
【こうした特徴から、身近に利用できるようになるかもしれないのですね】はい。実現すれば、▼ 例えば、それぞれの自治体や病院が機体を所有して、過疎地や離島から、都市部の病院まで救急の患者を運んだり、▼ 災害の時に、道路が寸断された被災地に医師や物資を運んだりすることが、これまで以上に頻繁にできるようになる。あるいは、▼ 都市部でも、急患が出た時に、今度は医師を、病院から患者の家の近くまで運ぶ。といった緊急時の役割が考えられています。
【道路の渋滞で、救急車が到着するまで時間がかかる地域もありますので、とりあえず、すぐにお医者さんが来てくれると、ありがたいですね】はい。さらに、普及が進んで一回の利用料金が数千円程度になれば、▼ 観光客を空港から、観光地やホテルに運んだり、▼ 会社に近いターミナルから、仕事先の近くへ。あるいは、帰宅を急ぐ人を都心から、自宅近くへ運ぶ。早く移動するための、空のタクシーのような使い方も考えられるというのです。
【いつごろ実現できそうなのですか?】世界の開発の状況を見ると、遠い未来の夢物語ではなさそうです。先行しているのは欧米のベンチャー企業です。例えば、▼ ドイツの企業(ボロコプター)が開発した2人乗りの機体。2019年に、シンガポールで試験飛行を成功させた時の映像です。2023年には、機体の安全性についての証明をヨーロッパでとって、世界で事業化に乗り出す計画です。
▼ また、こちらはアメリカの企業(ジョビー・アビエーション)が開発している5人乗りの機体です。試験飛行を重ねていて、アメリカで安全性についての証明をとり、2024年の事業化をめざしています。
▼ さらに、こちらは、国内のベンチャー企業(スカイドライブ)が開発した機体です。去年、ネットで区切られた空間ではありますが、人を乗せた試験飛行を成功させました。今後2人乗りの機体で、国内で安全性についての証明をとって、2025年の事業化をめざしています。
【もう試験的に空を飛んでいる機体もあるのですね】そうなのです。そして、この〝空飛ぶクルマ〟。国内の産業界からも期待が寄せられています。というのも▼ 国外を含め量産化が進めば、組立や、素材・部品といった日本のものづくりメーカーに参入のチャンスがありますし、▼ 国内で飛ぶようになれば、運航サービスの提供、通信や管制システムの構築、それに離着陸する施設の設置・運営など新たな市場が広がることも期待されていて、実際に、名乗りをあげる企業も次々、でてきています。
ただ、実現までには、いくつもの課題があります。まずは、なんといっても、安全性。そのための技術開発です。
【空を飛ぶだけに、安全かどうかは気になります】命にかかわりますので、なにより大事です。この〝空飛ぶクルマ〟。法的には、航空法上の「航空機」として、航空機並みの安全性が求められることになります。▼ プロペラやバッテリーが故障するのを防ぐことはもちろん、▼ 万一故障したり、突風が吹いても、機体が落ちたり、ビルに衝突したりしない。例えば、残りのプロペラや予備のバッテリーで飛び続けるなど、安全を保てる機体の構造や制御・センサーなどの技術が求められることになります。まずは、安全性についての国の証明をとれるかが、事業化に向けての高いハードルとなります。それがないと国内で飛ぶことができません。ただ、そのためのルール作りも、これからの課題です。
【ルールも、これからなのですね】はい。航空機並みの安全性と言っても、具体的な基準をどうするのか。欧米とも連携をしながらルールを作ることが求められます。また、機体そのものの安全性だけでなく▼ パイロットの免許基準をどうするのか。▼ 飛ぶルートをどうするのか。例えば、都市では川の上に限るなど、一定の制限をかけるのか。▼ 都心や住宅街で、どのような場所に離着陸することを認めるのか。こうしたルールも、これから検討することになります。
【課題は多いですね】はい。政府は産業界と連携をして、▼ まずは、2023年までに、安全性などのルールを整備した上で、▼ 国内外で開発され、安全性の証明をとった機体を使って、2025年の大阪・関西万博で、観光客を、例えば、空港から会場まで運ぶ。▼ そして、その後、過疎地や離島で利用を進め▼ 2030年代には都市部で、まず救急医療での活用をはじめ、その後、本格的な運航。さらには、自動運航へ進めていく。と、このような大まかな絵姿を取りまとめる方向で検討を進めています。
【10年後には、都市部でも〝空飛ぶクルマ〟が飛んでいるかもしれないのですね】ただ、そのためには、もうひとつ。社会の理解を得ることも欠かせません。
【社会の理解ですか】というのも、自分が住んでいる地域で、1日にどの程度まで〝空飛ぶクルマ〟が飛ぶことを許容できるか尋ねた調査では▼ 30分に1回以上と頻繁に飛び交ってもいいと答えた人が10%だったのに対して、▼ 全く許容できないという人が10%▼ 救急搬送や災害の時のみと答えた人も31%いました。事故が起こりそう。落下物が落ちてくるのではないか。うるさいのではないか、といった不安があるというのが反対の大きな理由です。
【この不安はわかります】社会の理解を得るには、安全性を確実に達成した上で、こういう使い方、このようなルートだったら、近くを飛んでも構わないと、地域の住民が納得できる利用のあり方を探っていくことが欠かせません。
そのためにも、政府は、ルール作りの早い段階から、どんどん情報発信をして、社会全体で丁寧な議論をして、ともに考えていくことが、大事なのではないかと思います。
(今井 純子 解説委員)