目薬をさす直前に直木賞受賞の知らせを聞いたという米澤穂信さん(写真・干川 修)
第166回直木賞(2021年下半期、日本文学振興会主催)は米澤穂信(ほのぶ)さんの「黒牢城(こくろうじょう)」(KADOKAWA)と今村翔吾さんの「塞王の楯」(集英社)に決まった。米澤さんは2001年の「氷菓」でデビューしてから20周年での受賞となった。小説と向き合うまっすぐな言葉の合間に、柔和な一面が垣間見えた。(瀬戸 花音) パソコンの画面いっぱいにかわいらしいケーキの写真が広がった。「この、みっしり感がたまんないですよね」。ヘッドホンを付けた米澤さんが至極楽しそうな声色でそう言いながら、「異国のおやつ」(岸田麻矢)のページをめくる。リモートでのインタビュー中、おすすめの本を尋ねた時の一コマだ。かわいいものが好きなのかと聞けば、一考。「磨かれたものが好きですね」 受賞会見では無数のカメラを前に表情はどこまでも誠実だった。「ここまでは間違っていなかったというメッセージと受け止め、次の仕事を始めていきたい」。デビューから約20年。金屏風(びょうぶ)の前で発せられたその言葉の色は「灰色」だという。黒や白のように、何かが決した色ではない。「賞をいただいたことは、これが自分の最高の傑作であり、これ以上のものはできないという意味ではない。小説の腕を磨くのに終わりはないので」 受賞作は織田信長に反旗を翻し籠城した荒木村重が、捕らえた敵方の軍師・黒田官兵衛を頼りに城内で起こる事件を解決していく物語。城内の組織を一身に背負う村重と、牢の中の官兵衛。戦国を舞台に、組織に生きる人間の繊細な心理を描く。 テレビアニメにもなった青春群像劇「氷菓」や、密室での殺人ゲームを描き映画化された「インシテミル」など様々なテイストの小説を描いてきた。米澤さんは、小説を書く行為を「登山」に例える。準備の段階は「ちょっと楽しい」、登り始めれば「苦しい」。道中、「なんでこんなことしてるんだろう」と思うが、頂上に着けば「今度はどんなものを書こう」と次の山を探し始めるのだという。 好きな本の話をするときは饒舌(じょうぜつ)だが、自身の本の話になると声が小さくなる。そこに、本と向き合う実直な心がにじむ。小説を書く合間には書店に行くという米澤さん。それは「森羅万象あらゆるものが書かれている。そして、それぞれに必要としている読者がある」と実感するためでもある。「小説は本という広い広い海の中でほんの小さな島にしか過ぎないっていうのを痛感します。それはなんというか…思い上がりを戒めることだなあと思いますね」 夢を尋ねれば、少しの間、イヤホンからは静寂が流れた。「願わくば、自分の小説には時を超えて欲しい。『米澤っていうのは僕の好きな作家だったんだよ』と次の作家に言われるような…それが夢かもしれません」。直後、真摯(しんし)な瞳は、再び画面いっぱいに映されたお菓子に隠された。「もようがついてるんですよね、これ。見えますか?」。スイーツ本の隙間、「なんでこんなにお菓子を推してるのか…何なんだこの人はって感じですよね」と伏し目がちに笑ったのが見えた。 書店員の経験も持つ米澤さんに最近のおすすめを聞くと、以下の本をあげた。 ▼「異国のおやつ」(岸田麻矢、1760円、エクスナレッジ)/「世界のかわいいお菓子」(1980円、パイインターナショナル)「これは半分仕事なんです。他社でお菓子がたくさん出てくるミステリーシリーズを書いてまして、その中で出すお菓子の種を探してこういう本を買っているので、半分以上、うん、仕事の資料です」 ▼「旅書簡集 ゆきあってしあさって」(高山羽根子、酉島伝法、倉田タカシ、1760円、東京創元社)「3人の作家がお手紙を交換するって話で、書簡体でいろんな街が書かれている。なるほどこういう手があったかと。こういう話は好みだなあとつくづく思います」 ▼「『怪異』の政治社会学 室町人の思考をさぐる」(高谷知佳、1925円、講談社)「この世ならざること、不思議なことっていうのが、政治的かけひきの材料として使われていた時代があった。これはとても面白い。そういうものの捉え方があったのかと感動します」 ▼「米澤屋書店」(米澤穂信、1870円、文芸春秋)おすすめ本の話の最後、「たまには宣伝もしましょう…ああ、でもやめとこうか」と切り出した米澤さん。「本の話だったら、実はこういう本を出しまして…もういいよってくらい本の話を延々としました。主にミステリーですけど。楽しかったですね」と小さな声で同書を紹介した。 ◆米澤 穂信(よねざわ・ほのぶ)1978年、岐阜県生まれ。43歳。2001年、「氷菓」で角川学園小説大賞奨励賞を受賞し、デビュー。11年、「折れた竜骨」で日本推理作家協会賞を受賞。14年「満願」で山本周五郎賞を受賞。21年、「黒牢城」で山田風太郎賞を受賞、22年、同作で「このミステリーがすごい! 2022年版」国内編第1位を獲得。ファンの間の愛称は「よねぽ」。
報知新聞社