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2月16日にソニーが発表した新ヘッドフォン「LinkBuds」は、開発には3年の時間をかけ、独自の製品を目指して作られたものだ。【この記事に関する別の画像を見る】その判断は、現在のポータブルオーディオ市場の変化と市場での生き残りをかけたものであり、同社にとっても今後のモバイルプロダクト事業(ポータブルオーディオ関連)を支える、文字通りの戦略商品である。では、ソニーは今の市場をどう分析しており、どう立ち回ろうとしているのだろうか?ソニーでモバイルプロダクトに関する事業部長を務める、中村裕氏に聞いた。なお、LinkBudsの開発チームへのインタビュー記事も、後日掲載を予定している。楽しみにお待ちいただきたい。■ LinkBuds製品版を使ってみたLinkBudsとはどんな製品なのだろう? 詳しくは発表に関する記事もご参照いただきたいが、簡単に言えば「外の音も一緒に聞こえるよう、リング状のドライバーユニットを使った完全ワイヤレスヘッドフォン」だ。手元にテスト機材が届き、現在色々と試している最中だが、簡単な感想をお伝えしておこう。編集部側でのミニレビューも併読していただけるとありがたい。まず、音が「ちゃんとしている」。もちろん、いわゆるインイヤー型の製品に比べると低音が出づらいが、音場の響きはよく、音圧もそれなりに出ている。周囲の音もちゃんと聞こえるヘッドフォンとしては、骨伝導タイプの製品の人気が高い。筆者もShokzの製品を日常的に使っているのでその利点はよくわかるが、やはり欠点は「音楽を聴くものとしては音質が良くない」ことだった。それら骨伝導式に比べると、LinkBudsの音は明確に良い。音漏れはゼロではないが、かなり抑えられてる。静かな室内(30dB程度)の場合、ボリュームが5割を超えたあたりで「近くなら多少聞こえる」感じ、というところだろうか。骨伝導タイプに比べ音圧・音量が大きめに感じられるので、同じ聴感を得るならLinkBudsの方が小さな音量で良く、結果として音漏れも小さくなる。そしてもう1つのポイントは、耳への負担が小さいことだ。耳の穴に入れるわけではなく、耳の形状に合わせてセットする感じなので、最初は少し違和感もあるが、すぐに慣れる。耳への負担はほぼ感じない。ただそのためには、耳介にひっかけて止めるための「フィッテイングサポーター」のサイズをちゃんと選んでおく必要がある。そこを吟味すれば外れることもほとんどないだろう。つけ外しも片手でできる。負担の軽さは本体の軽さからきているものでもある。WF-1000XM4と比べて本体サイズが半分程度しかない。これでこの機能を実現しているのは、素直に素晴らしい。■ 開発期間は3年、リングドライバーは独自開発中村氏は開発のポイントが「音と装着性にあった」と話す。中村氏(以下敬称略):開発の検討を開始したのは3年ほど前です。「今後のヘッドフォンはどうなっていくのだろう?」と考えた結果、オンラインとオフライン、どちらのシーンでも使うものになるのではないか、と考えました。ただ当初は、どのような構造にすべきか、というアイデアがあったわけではありません。そこに弊社のR&D部隊から「リングドライバー」の提案を受け、具体的な開発がスタートしました。リング型ドライバーは弊社の独自開発です。率直に言えば、骨伝導は音が悪い。デバイスとしての利点もあるのですが、マイナス面も色々あります。穴のあいたドライバーを真似をすることできるでしょうが、ちゃんとした音を出すのは難しい。今回我々は、音圧をちゃんと出したかったんです。その上で、外への音漏れも含め、音に関する課題を潰すのはかなり苦労しました。3年前から開発を続けていたということは、コロナ禍になって人気が出た骨振動型ヘッドフォンを追いかけたものではない……ということでもある。興味深いのは「小さくする」ことが商品性に直結しており、そこが開発のポイントであった、ということだ。中村:本体はWF-1000XM4の半分ですから、もう無駄な空間はない。小さくするということは、耳から飛び出す部分がほとんどないということ。よく見ると、多くの完全ワイヤレス型ヘッドフォンは出っぱっている部分があったり、耳の後ろにフックが伸びてたりするものが多いはず。それがないことは、無線接続性を担保する上ではとても不利なんです。だいぶ苦労しました。■ オーディオ製品のラインナップは「刺さるものに絞る」これらのエピソードからお分かりのように、LinkBudsは完全新規設計の製品だ。SoCとしてはWF-1000XM4と同じ「V1」を使っているが、それ以外の部分に共通の部分はない。これは、LinkBudsが従来のヘッドフォンとはかなり違うためだが、ソニーとしての戦略も関わっている。以前、「ソニーにはスピーカーのドライブユニットが数千種類ある」という話を聞いたことがある。それだけ独自に作れる、という流れでのエピソードなのだが、中村氏にその話をぶつけると、苦笑とともに次のような回答が返ってきた。中村:以前なら、まずハイエンドの製品を作り、そこから下方展開して製品ラインナップ全体を埋める、という作り方をしていました。しかし、もうそういう作り方はしません。昔と違い、ソニーは製品ラインナップを減らしています。そして、今後も増やす気が全くありません。昔であれば「価格帯でここが抜けている」といった発想で製品を作りましたが、もうそうでない。ドライバーユニットのパーツバリエーションが数千もある……というのは、間を埋めるような作り方をしていて、それにあわせてポンポン作っていたからです。でも、そんな作り方をしても、多少は売れますが、戦略的インパクトは出ません。そうなると、1つ1つの製品をデバイスから作りこまねばいけないわけです。LinkBudsは、スペック表で見ると大したことのない製品に見えてしまうかもしれません。でも、今回は「スペックではない価値が本当は大切だ」と考えたのです。中村氏の発言を「もう音やスペックの追求は不要」ととる人がいるかもしれない。だが、そういう意味ではない。中村:ヘッドフォンを含めたモバイルプロダクトの市場は、伸びています。はっきり言えば「儲かる」市場。そこでは「いいもの」を作る方がずっと効率的です。いい商品とは付加価値が提供できるもののこと。お客様は多様化しており、そこには色々なやり方があります。高いか安いかではなく、「なんとなくラインナップを埋める」のでもなく、お客様の「これが欲しい!」というユースケースにハマるものが作れるかどうかが重要です。例えば、先日発表したウォークマンの「Signature」シリーズ。これは圧倒的なご支持をいただけています。高額な商品ではありますが「欲しい」と思う方に刺さっている。同様に、ワイヤレスヘッドフォンの「1000X」シリーズは、どれも人気です。どちらも、これからもやっていきます。その上で、LinkBudsはまた違うお客様の層への提案、ということです。Signatureシリーズは高価なもので、アナログ部分に差別化点がある製品だが、ファンに「刺さっている」ので積極展開するという。LinkBudsのもうひとつの特徴は、ソニーのヘッドフォン製品には珍しく、商品の名称が「型番」ではなく「愛称」となっていることだ。型番は覚えにくく、商品を呼ぶには不向きなところがある。中村氏は「特に欧米市場からはそうしたお声も多かった」と認める。中村:そんなに詳しくない方は型番を覚えないし、検索もしにくい。そういうご指摘はありました。LinkBudsは商品の狙いとして、覚えやすくてすぐに検索できることだけでなく、「名前にも意味がある」ということを主張したいので、「LinkBuds」という名称で呼ぶことにしました。ただ、型番には「商品の世代がすぐにわかる」などの利点もあります。だから1000Xシリーズは型番で統一しています。今後も、全ての商品を「愛称」に寄せるつもりはありません。■ 「PC的水平分業」化したヘッドフォン市場。差別化には「先を読んだ自社開発」が必須にラインナップを埋めるのではなく、顧客に刺さるものを独自開発する。ソニーがこの点にこだわる背景には、ヘッドフォン市場の変化がある。中村:ヘッドフォンがワイヤレス市場主軸になってきて、弊社としても「1000X」シリーズを中心に、音楽好きの方向けの作り込みで差別化をしてきました。ここはうまくいったと自画自賛しています。ですが、今は産業全体が変わってきている。ポイントは「市場は伸びているが、その中心となっているのは完全ワイヤレス型である」ということです。別の言い方をすれば、今まではちゃんとヘッドフォンを買っていなかった人々、スマートフォンや音楽プレイヤーに付属するもので満足していた人々がヘッドフォンを買うようになっている。産業として、「音楽を聴くもの」というよりは「スマートフォンにつないで使うもの」という市場になりました。そして、そんな完全ワイヤレス型で売れていて存在感があるのが、アップルに代表されるスマートフォンブランドです。ソニーとして、今も昔も「音楽・音質重視」であることに変わりはありませんが、スマホオリエンテッドな顧客の動向への対応が必須です。そうすると、音だけではなく新しいUXやライフスタイル全体を訴求する必要が出てきます。その結果生まれたのがLinkBuds……ということになるわけだが、もう1つ、技術的な側面もある。中村:完全ワイヤレス型のヘッドフォンが主流になって、ヘッドフォンの製造設計は「PC型」に変わりました。実際に製造設計を行なっている企業は数社しかいないのですが、そこに製造設計を委託すれば、誰にでも作れます。本当にすぐに、驚くほど安く作れます。製造コストで言えば10ドル・20ドルでも作れるようになっています。こうした水平分業型の構造は今後も続くでしょう。しかし、そこに対抗する商品を作る気はまったくありません。LinkBudsも出すまでに3年かかっています。出すだけなら半年でできますが、いいものにするのは至難の技です。水平分業の中で差別化するには、技術的に差別化するため独自にやる、すなわち、SoCからドライバーまで、デバイスを独自に作るしかありません。デバイスから作るということは、その結果として実現したいUXが見えていないといけない、ということでもあります。LinkBudsの場合、3年前から今の方向性が見えていないと作れない。その上で、ソフトやコンテンツサービスなどの連携があって初めて、製品として差別化したものになる。特にLinkBudsの場合には、マイクロソフトやナイアンティックといったパートナーと組んで「音のAR」的な要素を追求する。モーションセンサーを内蔵し、首が向いている方向を検知できるからできることだ。そこで気になるのは、そうしたアプリの開発をどう促進するのか、という点だ。現状、ソニーからは、一般の開発者向けにSDKを公開する予定はないという。中村:オープンアライアンスが重要であり、すべて自社でやる時代ではないとは考えています。一方で、パートナーと共に良いものを作り込むことも重要と考えています。弊社としては、今はそちらを選択しています。では、「オープン」をどう絡ませるのか? そこはAPI公開の方向性だけでなく、UGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)の視点から、ARの上などでユーザーの方々にコンテンツを作っていただく形もありうるのではないか、と考えています。なので、まずはこれだ、と思うパートナーの方々との協業を進めます。しかし、コンテンツを追加していきつつ必要だと判断した段階では、フルオープンもあり得ます。筆者は、パートナーとの協業とAPI/SDKの公開は矛盾するものではないと考えている。だからこそ、手間やサポートコストが問題なのだと思うが、PI/SDKの公開も同時に進めてもらいたいとは思う。そうすることで、メーカーが考えもしなかったものが出てきて、その盛り上がりが可視化されるプラスの効果が見込めると考えているからだ。■ 半導体不足には「先を見た発注」で対応現在、エレクトロニクス製品はどれも「半導体不足」に悩まされている。ソニーももちろん例外ではなく、製品の出荷後、いくつものヒット商品が「流通上の問題」から受注を停止したり、長期欠品を強いられたりしている。オーディオ製品についても「そうした影響はある」と中村氏は認める。では、LinkBudsはどうだろうか?中村:オーディオ、特にヘッドフォンは、半導体不足の影響が「ちょっとだけ まし」な分野です。理由は、産業規模が大きいからですね。スピーカーなど、規模が小さい領域では、より強い影響を受けている企業も多いようです。ではLinkBudsはどうか……ですが、ご安心ください。大丈夫です。今は半導体の長期的な調達について、ちょっといつからと言えないくらいに「前倒し」で先まで調達する必要が出ているのですが、大量の半導体を調達し、備えています。そのくらい、ソニーとしてもこの商品のヒットに期待している、ということなのだろう。
AV Watch,西田 宗千佳
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