飛行機の開発に関わる施設(15)飛行試験空域の確保が難しい事例

U-2偵察機の最新モデル、U-2S。グライダーみたいな外見とは裏腹に、エンジンがフルパワーを出したときのやかましさが印象的 撮影:井上孝司

飛行機の開発に関わる施設(15)飛行試験空域の確保が難しい事例

ブラック・プロジェクト軍用機は国防に関わるものであり、飛行性能やウェポン・システムに関する情報は秘匿しておきたい。すると、飛行試験をやっている現場に「招かざる客」が来るのは困る。【写真】GA-ASIがガーディアンUAVを壱岐空港に持ち込んだときには、航空局だけでなく、電波行政を扱う総務省との折衝・調整も必要になった 撮影:井上孝司そういう意味で、日本の地理的条件はまことに具合が悪い。陸上に広い試験空域を確保するのは無理だし、洋上で試験を行えば、そこは公海上だから「招かざる客」がやってきても阻止できない。おまけに、いわゆる仮想敵国は近所にいる。だから例えばの話、某国の情報収集艦が飛行試験空域に闖入してきて、テレメトリー・データの傍受か何かを企てたらどうするの、という話になってしまう。その点、国土がだだっ広いアメリカや中国やロシアは有利だ。それに、特定のエリアについて「ここは陸上も空中も出入り禁止」とやるのも比較的容易。その一例が、「エリア51」という名前で知られるネバダ州北部の一帯。どうしてそんな場所が必要になったのか。それが、U-2偵察機の開発計画(アクアトーン計画)。なにしろソ連の上空に強行侵入して写真を撮ってこようという機体だから、そんな機体の存在をおおっぴらにするわけにはいかない。超極秘の機体を開発することになれば、飛行試験も人目につく場所では実施できない。そこで調査を実施した結果、ネバダ核実験場の近所にあるグルームレイクという乾湖(第2次世界大戦中に作られた不時着用滑走路があった)が最適、という話になった。連邦政府の核実験場なんてものを作るぐらいだから、もともと誰も住んでいないような場所だし、それなら施設そのものを秘匿するのも、部外者の立ち入りを禁止するのも容易。そこで、ネバダ核実験場の敷地をちょいと拡大して、グルームレイクも含めることにして、立入禁止の秘密試験施設が一丁上がり。そしてここは、「パラダイス牧場」(Paradise Ranch)あるいは単に「牧場」(The Ranch)という符丁で呼ばれることとなる。頭上のお邪魔虫はどうする?グルームレイクはその後も、さまざまなブラック・プロジェクト(存在をおおっぴらにできない非公開プロジェクトの通称)に関わることになった。いったんは退役したとされていたのに、最近になってまた飛んでいるF-117Aナイトホークも、グルームレイクで飛んでいた機体の一つ。ところが、偵察衛星という厄介なものが出現したため、話が面倒になった。陸上や空中からの接近は力ずくで阻止できるが、宇宙空間を周回している偵察衛星は阻止できない。すると当然ながら、ソ連/ロシアや中国は、グルームレイク界隈の衛星写真を撮って、調べまくっているはずである。ただし、偵察衛星が載っている軌道や、それがいつ頭上に来るかといった情報は事前に分かる。すると、招かざるのぞき屋が頭上に来るときには、機体は格納庫にしまっておいて、のぞき屋がいないとき、あるいは夜間にだけ外に出して飛ばす。そういう話になる。だからF-117Aの関係者は、機体の存在が公にされるまで、昼夜逆転生活を強いられることになったという。もともと飛行試験は楽な仕事ではないが、さらに秘密保持という話が加わると、まことに面倒な仕事になるものだ。無人機の試験も一筋縄ではいかない秘密プログラムというわけではないが、飛行試験の場所を確保するのに一筋縄でいかないものの一つが、最近になって急速に数を増やしている無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)。小型・低速で低空しか飛ばない機体はまだしも、飛行高度が高い、より大型の機体になると、相応のスペースと高度がなければテストができない。例えばの話、高度10,000mまで上がることができる機体をテストするのに、高度6,000mまでしか確保できないのでは仕事にならない。また、無人機では遠隔管制やセンサー・データ送信のために無線通信が必要になるが、無線通信に関わる規制・規定は国によって違う。だから、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)がガーディアンUAVを壱岐空港に持ち込んで実証飛行試験を実施したときは、まず国土交通省の航空局や総務省(電波行政の所管)と折衝する必要があった。空域の確保は前者、米国仕様の通信機材をそのまま日本国内で使用するための特別承認は後者の担当だ。しかも、飛行試験を実施する空域と、飛行試験の拠点となる飛行場を確保するだけでは話は終わらない。飛行場と試験空域の間を行き来しなければならないからだ。するとそこでも、民間の定期便などとのコンフリクトを避けるために、場所や時間の確保を図るための調整が必要になる。ただ、試験ならコンフリクトを避けられるように調整すれば良いが、実運用ではそれだと使える場所が限られてしまう。だから、有人機との空域共有が業界の課題になっていて、さまざまな取り組みが進められている。ところがそうなると、今度は「有人機との衝突回避に関する試験」が必要になる。「理屈の上では回避できます」ではダメで、ちゃんと実機を使って回避できることを立証しなければならない。それをどこで、どういうシナリオでやればいいですか? という課題ができるのだ。著者プロフィール井上孝司鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。

井上孝司