ハードルが高かった空母の建造
改造の途中段階にある「フューリアス」。左下に見えるのが転落防止用のバリケード(画像:Crown Copyright)。
現代の海軍においてなくてはならない存在となっている航空母艦、いわゆる「空母」。海上自衛隊も、既存のヘリコプター搭載護衛艦であるいずも型を改装し、空母としての能力を付与しようとしています。【写真】日本空母「加賀」の甲板三段式と全通式を見比べ 空母の特徴のひとつには、大砲の弾が届かない遠方の目標でも、搭載する航空機で攻撃することが可能であるため、作戦範囲が広がるという点があげられます。ライト兄弟が有人動力飛行を成功させて以来、移動する軍艦を陸上機のプラットフォームにして世界のどこでも発着できるようにするのは、自然の流れだったといえます。 空母の建造が始まったのは第1次世界大戦当時。先陣を切ったのはイギリス海軍でしたが、各国とも最初は試行錯誤を重ねています。そこで、空母の実用化初期の時代に、各国がどのような困難に直面したか、その歴史をたどってみましょう。 史上初の空母といわれるのがイギリス海軍の「フューリアス」です。同艦は前部に発艦用の飛行甲板を設置し、発進した航空機は陸上基地に着陸させていました。その後、後部に着艦用甲板を追加しましたが、船体の中央には高層の艦橋と煙突が立ったままであり、前後の甲板を行き来するため、その両脇には航空機の移動通路を設けるという形状でした。ただ、航空機の発着艦にとって船体中央にある艦橋と煙突は邪魔者でした。そこで「フューリアス」は艦橋と煙突を飛行甲板の下に移動させる改装を受けています。 なお、続いて誕生した「アーガス」で、ようやく飛行甲板だけのフラッシュデッキ(全通飛行甲板)構造にしています。
格納庫が熱地獄に
アメリカ初の空母「ラングレー」(画像:アメリカ海軍)。
イギリスと並行して、アメリカもフラッシュデッキの「ラングレー」を建造、日本も「鳳翔(ほうしょう)」を建造しました。ちなみに、この「鳳翔」が当初より空母として設計・建造された世界初の船となります。「鳳翔」は船体中央部の右端に、アイランド型(島型)と呼ばれる艦橋と4本の煙突を配置したのですが、邪魔だとの意見があり、飛行甲板の下に移設してしまいました。ところが艦橋を飛行甲板の先端下部に移すと視界が悪くなります。前出の「フューリアス」と「アーガス」では航行中に艦橋が飛行甲板にせり上がる形にしたものの、この状態では当然航空機は発艦できません。 艦橋とともに、煙突も邪魔な存在でした。排煙は飛行甲板の気流を乱し、発着艦に深刻な影響を及ぼします。そこで「アーガス」と「フューリアス」は煙突を飛行甲板下の側面に移したところ、格納庫が“熱地獄”に。この対策として、排気口を艦尾まで伸ばすことにしました。 日本は「鳳翔」に続く巡洋戦艦と戦艦の改造空母「赤城」「加賀」で煙突を側面に設置し、120度折り曲げた排気口を海面に向けています。それでも格納庫は熱くなり、「加賀」は排気口を艦尾に伸ばし、「赤城」は煙突を大小ふたつに分けて、小煙突を上向きにしました。 アメリカも巡洋戦艦の改造空母「レキシントン」と「サラトガ」を完成させます。2隻はアイランド型艦橋を持ち、巨大な煙突を艦橋より高くして飛行甲板への影響を最小限に抑えるという方法を取りました。 イギリスは空母として新造した「ハーミズ」で艦橋と煙突をひとつにまとめ、排気口を高い位置にしています。やがてこの形がアメリカとイギリスの標準になっていきます。
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