「ヘリコプター基地局」から電波を発射 山間部や海上の遭難者と通話が可能に

KDDIは災害時に通信を復旧するため、さまざまな対策を行っている。

通信が途切れるのは、台風や豪雨、地震などで、地域の携帯電話通信を担う基地局が機能しなくなるため。その際、代替手段で地域にいち早く電波を発射する必要がある。

たとえば「陸」からは「可搬型基地局」や「車載型基地局」で対応。基地局の設備を小型化し、持ち運び可能にしたものが「可搬型基地局」、そうした設備一式を車両1台にコンパクトにまとめたものが「車載型基地局」と呼ばれる。

左・可搬型基地局。アンテナや無線機などを運搬し、現地に設置して通信を復旧。右・車載型基地局。基地局設備が備わった車両で被災地に駆けつける

道路が分断され、車両が使えない場合や被災地域が沿岸の場合には、「海」から船で対応する。基地局設備を積み込んで出港し、沖合から電波を発射する「船舶型基地局」だ。KDDIの海底ケーブル敷設とメンテナンス作業を行う船舶「KDDIオーシャンリンク」「ケーブルインフィニティ」を活用して災害対策を行っている。

2018年の北海道胆振東部地震と令和元年房総半島台風にKDDIオーシャンリンクが船舶型基地局として出動

そして、山間部や海上での救助の解決策として取り組んでいるのが、「航空機型基地局」だ。ヘリコプターの機内に超小型の基地局設備を積み込み、上空から電波を発射し、携帯電話を使えるようにするのである。

その「航空機型基地局」の実証実験が、2021年1月、鹿児島県甑島(こしきじま)で行われた。

実証実験が行われた鹿児島県甑島

目的は、ヘリコプターから電波を発射しエリアをつくる「単独型」と、ヘリコプターから地上の可搬型基地局を通し衛星回線とつなぎエリアをつくる「連携型」それぞれの通信を成功させることだ。本記事では、その取り組みの舞台裏を紹介する。

カメラバッグ程度のサイズのなかに基地局設備が収まっている

今回の実証実験は、自然災害によって携帯電話通信が断絶し、1隻の漁船が海上で行方不明になったという想定。ヘリコプターを使った「航空機型基地局」で、漂流する漁船の位置を特定し、安否確認しようというものだ。

海上のような見通しのよい状況でも、上空からは照り返しで海面は視認しにくいという。

上空から捜索しても、海面が照り返しで見えないケースが多い

そこでまず、海上のどこに漁船がいるのかを見つけるために携帯電話の電波を活用する。上空のヘリコプターから電波を発射することで、機体直下の約1.6~2.0Kmの範囲内で携帯電話を使えるようになる。

携帯電話は、電源が入っていれば通信を行っていなくても常に微弱な電波を発信し続けている。「航空機型基地局」がつくる電波圏(通信エリア)に、もしも漂流中の漁船がいれば、遭難者の携帯電話からの電波をキャッチして、位置を特定できるのである。

ヘリコプター基地局から電波を送って携帯電話のエリアを構築。現場の遭難者とつながる

またヘリコプターからの遭難者への通信も可能なので、安否確認やメッセージのやり取りもできる。

これにより、遭難者が無事なのか怪我をしているのか、緊急に救助が必要なのかなどを判断することができる。

海上以外にも、地震で倒壊した家屋の下など、上空からの目視による捜索が困難な場合でも、遭難者が所持している携帯電話の電波によって見つけ出すことができる。

また、ヘリコプターを飛ばせない気象条件や、災害地域に有毒ガスが発生している際には、基地局の設備を搭載したドローンで代用することも可能だ。災害地域の状況に応じて使い分けることで、より迅速な遭難者の発見につながるのである。

ドローン型基地局、必要最低限な通信ができる設備を搭載

このような「航空機型基地局」単体で携帯電話が使えるエリアを作るシステムを「単独型」と呼び、2019年11月に新潟県魚沼市での実証実験で成功を収めていた。

「ヘリコプター基地局」から電波を発射 山間部や海上の遭難者と通話が可能に

いままでの「単独型」システムをさらに進化させたのが、今回初めて実験に成功した「連携型」と呼ぶシステムだ。ヘリコプターとだけではなく、一般の携帯電話の回線とつながり、遭難者が家族や会社などに自分の無事を直接知らせることができるのが、これまでとの大きな違いである。

ヘリコプターから海上に電波を発射するのは同じだが、陸上に可搬型・車載型などの基地局を仮設。ヘリコプターから電波を飛ばして仮設基地局から衛星経由で、auの携帯電話回線につなぐ。遭難者は、自身の携帯電話から連絡を取ることが可能になる。

ヘリコプターからエリアを構築し、陸上の可搬型基地局から衛星へとつないで一般回線と接続

この仕組みを使うと、警察や消防などが遭難者のGPS情報を取得することもできる。仮に救助の手が必要な場合、詳細な位置情報を防災関係者と共有することで、より安全に迅速に救助を行うことができるようになるのだ。

ヘリコプター基地局と地上の可搬型基地局が連携することで一般回線につながる 一般回線につながることでGPSを活用し、遭難者の具体的な現在位置の特定につながる

なお、こちらが今回の実証実験をまとめた動画だ。

今回の航空機型基地局の実証実験は、陸路から到達できず、また沿岸からも電波を送ることができない山間部にどう対応するのか、という課題への解決策として発案された。

船舶型基地局の実用化に携わり、いま航空機型基地局に取り組んでいるKDDI運用管理部 ネットワーク強靭化推進室の遠藤晃と川瀬俊哉に、実用直前にまできた経緯と今後の話を聞いた。

KDDIで災害対策に従事してきた遠藤晃(左)と川瀬俊哉(右)

「航空機型基地局は、ゼロからのスタートでした。そもそも基地局を構成する『モバイルコア』という機器は大型のラック数本分、重量は約1,500kgにもおよびます。それをヘリコプターに積み込むため最低でも100kgにまで小型化する必要がありました」(遠藤)

航空機からの電波発射に必要な機能だけを洗い出し、それに特化したソフトウェア開発を行ってサーバーの小型化を実現。だが、その後にまったく違う問題が待ち受けていた。

「そもそもヘリコプターに携帯電話の基地局を搭載して電波を発射するという発想自体、世の中になく、こうした実験を行う際には国交省に届ける必要があるのですが、所管部署があるのかすらわからなかったんです。またKDDIはヘリコプターを所有していないので、航空会社の協力が絶対だったのですが、ノウハウのある会社もありませんでした」(遠藤)

そこで一旦ヘリコプターを断念し、代わりにドローンから電波を発射する実験へと切り替えた。これが2017年のこと。

「ヘリコプター搭載の想定で100kgまでの軽量化は進めていましたが、ドローンが持ち上げられる重量は約5kg。これが大変でした。本来は機能制御のためにノートPCを搭載したいところ、USB接続のスティック型PCに変更。そのため、一度にひとつのアプリしか使えなくなりました。たとえば通話するのにアプリを立ち上げ、SMSを使う場合は、通話のアプリを一旦落としてあらためてSMSのアプリを立ち上げる仕組みです。機能は限定的になりましたが、基地局設備とPCそれぞれのバッテリー、アンテナ、映像伝送するカメラなど全部含めて3kgに収めました」(遠藤)

また、電波は縦方向と横方向の成分で構成されている。陸上に固定された基地局ならば問題ないが、細かく揺れる飛行中の機体から狙った箇所に届けるのは困難。そこで、らせん状に電波を発射する、航空機型基地局専用のアンテナも開発した。そして2017年12月、屋久島でのドローンを用いた航空機型基地局の実証実験を実現。

2017年12月に屋久島でドローン基地局の実証実験が行われた

これにより「航空機から携帯電話の電波を発射する基地局」の第一歩を踏み出すことができた。

「この実験で国交省とは航空機型基地局というアイディアを共通認識し、中日本航空さまとパートナー連携することができました。中日本航空さまは、ヘリコプターに基地局設備を搭載して電波を発射することができるのか否か、段階を踏みながら何度も試験を繰り返し、ノウハウを確立してくれました」(遠藤)

そうして2019年の魚沼での実証実験を経て、今回の甑島へとつながる。これで航空機型基地局は、より実現に近づいたことになる。

だが、川瀬は「これからが大変」だという。今回の甑島の実証実験で技術的に航空機型基地局が使える、ということはわかった。川瀬の仕事は、それを「いついかなるときでも使えるようにすること」にあるのだという。

「実際に使うときには、できる限り、誰もが簡単に扱えるような仕様とオペレーションにしなければいけません。車載型基地局も運用しはじめてから4回仕様を変えました。現場に応じて、必要な要素を盛り込み、不要な要素を省いていく。非常に些細な話ですが、スイッチはこっちのほうがいい、ワンアクションでここまで起動したい、というような要素が重要になってくるんです。今後、改善を繰り返していくことで、より実践的なものにしていきます」(川瀬)

「陸」では5G車載型基地局の運用も開始され、「海」からも船舶型基地局が実際に運用されている。そして、「空」も実用化に向けて、警察・消防・海上保安庁・自衛隊などとの連携を進めている。

「通信事業者として、携帯電話が途切れないよう技術や体制を考えていきたい。そうして社会貢献できることが、通信会社の社員としての誇りです。その実現のために、全力で取り組んでいます」と川瀬は力強く語る。

KDDIは、にわかに甚大化する自然災害で通信が途絶えないよう、つねに備えている。重要なライフラインの一つである通信をつなぎ続けることが人々の命を守ることにつながる。そのため、あらゆる状況を想定し、陸海空から万全な被災地域の通信の復旧を目指していく。