DTMが登場した時、日常から生演奏の音色は消えませんでした。ボーカロイドが登場した時、日常から人間の歌声は消えませんでした。それでは、人工知能が作曲を始めた時、人間の音楽は消えるのでしょうか。その答えは、すでに生活の質の向上においてAIの恩恵を大いに受けている私たちの日常にあります。
今回のモリカトロンAIラボインタビューでは、Nintendo Switch向けロールプレイングゲーム『OCTOPATH TRAVELER』(2018年、スクウェア・エニックス)やスマートフォンアプリ『OCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者』(2020年、スクウェア・エニックス)の楽曲を手掛けた作曲家の西木康智氏をゲストに迎え、コンソールゲームとスマホゲームでまったく異なる曲作りの本質や、一部JRPGのゲーム音楽がプレイヤーにノスタルジーを感じさせる理由、AIによる自動作曲でクリエイターが幸せになれる未来について伺いました。聞き手はモリカトロンAIラボ所長の森川幸人と編集長の高橋ミレイです。
高橋ミレイ(以下、高橋):まず、西木さんが音楽家を志そうと思ったきっかけから教えてください。
西木康智(以下、西木):初めて音楽に触れたのは5歳の頃にピアノを習い始めた時ですが、当時は全然真面目に取り組んでいませんでした。ちゃんと勉強し始めたのは12歳の頃で、好きなアーティストだったスピッツに影響されたのがきっかけです。楽譜を買ってきて彼らの楽曲を練習しようと試みるも、楽譜を読むのが苦手で自分だけではどうにもなりませんでした。
そこでピアノの先生に楽譜を持っていったところ、曲を演奏するためのコードを教えてくれたんです。例えば、Cのコードならドミソの和音をつければ伴奏になるといった具合に。メロディとコードさえ分かれば、楽譜どおりに演奏できなくても、すべての曲を再現できることを学んだんです。これは大きな発見でした。自分は誰かの譜面を正確に弾くのは苦手だけど、自分なりの方法で自由に演奏するのは得意なんだと気がついたんです。
それからは一気にのめり込んで、作曲にも挑戦し始めました。小学校の授業参観では、先生の提案で宮沢賢治の詩「やまなし」にオリジナル曲をつけて、クラスの朗読に合わせてピアノで演奏したこともあります。それが僕のクリエイターとしてのスタート地点です。中学校ではクラシックギター部に入り、演奏だけでなく作曲や編曲に取り組みました。音大への進学を決意したのはその頃です。
ところが、いざ音大へ入学したら、センスと経験はもちろん、当然のように絶対音感を持っている才能の塊みたいな人たちが全国から大勢集まっていました。この時、自分が今までやってきたことはおままごとのようなものだったんだと、実力の違いを見せつけられて挫折の気分を味わいました。
その後、大学3年の頃に、任天堂が学生を対象に開催していたゲーム制作のワークショップに参加したことがあるんです。「スーパーマリオブラザーズ」の生みの親である宮本さんや当時の岩田社長が講演していたのを覚えています。そこでゲーム制作を1年間学んで、こういう道もありなのかなと思い始めました。その後新卒採用でゲーム会社に就職しました。
そういうわけで、最初からゲーム音楽の道を志していたわけではなくて、色んなことに手を出してみて、たまたま結果を残せたことに突き進んだ先にいまの自分があります。自分を認めてくれる人たちに導かれて、ここまで歩んできました。
高橋:特に影響を受けた作曲家はいらっしゃいますか。西木さんの楽曲を聴いていると、17世紀から18世紀のヨーロッパ音楽の影響を随所に感じられます。
西木:中学の部活ではバッハの曲に触れる機会が多かったですね。バッハの音楽は数学的で、いくつもの澄んだハーモニーをパズルのように組み合わせて作られています。一方で、宗教音楽を多く生み出した人物なので、数学的な理論を超越した世界を想起させてくれる存在でもあります。中学生ながらにとても感銘を受けたのを覚えています。
高橋:Nintendo Switch版『OCTOPATH TRAVELER』では、8人の主人公にフォーカスしたストーリーが展開されましたが、スマホ版の『OCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者』ではプレイヤーが任意に選んだ大勢のキャラクターでパーティーを組むため、Switch版のようなシナリオ展開は困難です。そのため、それぞれの土地と、住人に起きる出来事、そして各ストーリーのボスの人生や内面的な葛藤にフォーカスしたストーリーが展開されています。作曲するにあたって、そのようなシナリオ構造の変化はどのように影響しましたか。
西木:Switch版では8人の主人公それぞれのテーマに合わせて音楽を用意しました。バトル曲のイントロもキャラクターごとに異なるし、各地方の音楽も主人公たちのテーマの延長線を意識して作曲しました。一方、スマホ版では敵キャラクターを中心に物語が展開されるので、音楽作りも敵にフォーカスしています。重要なのは、リアルタイムにコンテンツが追加されていくスマホゲームの性質上、それぞれのシーンを切り取っても音楽として成立するように意識することでした。
コンソールゲームではストーリーに時間がかけられるので、音楽のダイナミクスを大事にするんです。音数が少ない音楽もあれば、編成が大きくてゴージャスな音楽もあったり。一方でスマホゲームは、1日に5分から10分しかプレイしないというユーザーもいますから、ダイナミクスよりもそれぞれの楽曲の濃さを重要視します。そういったプラットフォームの違いを意識して音楽を作り分けています。
たとえるなら、コンソールゲームは前菜からメインへと変化していくコース料理のようなもので、スマホゲームは一皿で完結する丼料理のようなものです。『OCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者』の場合は、ある程度両方の要素があるので落とし所が難しいんですけど、どちらかというと後者のワンディッシュに合う音楽を意識しつつ、前者の良い所も取り入れるようにしました。
高橋:『OCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者』に登場する各ボスのテーマについて聞かせてください。まず、「“強欲の魔女”ヘルミニアのテーマ」は、静かで重厚なアリアが流れる前半のバトルシーンが印象的でした。ストーリーがマフィアものだったためか、イタリア映画の音楽やイタリアオペラのモチーフが入っているようにも感じました。
西木:ある程度は意識していますが、意図してエンリオ・モリコーネやニーノ・ロータといったイタリア風に寄せたわけではありません。ヘルミニアは、彼女自身のつらい過去の経験から信じられるものが富だけになってしまったキャラクターです。富にすがるように他者を痛めつけてしまう弱さと同時に、そのコンプレックスが彼女の強さになっている部分もあります。悲しげなメロディをバックに凶暴性が前面に出るような、そうした2つの側面を表現するためにオペラ的な曲調に仕上げました。
高橋:「“英雄”タイタスのテーマ」は、バッハのコラールなどドイツ音楽の要素を取り入れているように感じます。冒頭にALVA NOTOを彷彿とさせるノイズが入るのが緊張感を高めてくれてかっこいいですね。
西木:タイタスのストーリーは宗教的な色が強いのでコーラスを選びました。彼の歪んだ正義感は、いわゆるパワハラ上司に共通するものがありますね。世の中はこうあるべきだといった彼なりの理想が行き過ぎた結果、他者に恐怖心を植え付けるようなキャラクターが生まれたんでしょうね。その周囲を押しつぶすような歪んだパワーを表現するために、あえてノイズっぽい音を入れています。きれいなコーラスの中に恐ろしさを感じさせる狙いがあります。
高橋:「“劇作家”アーギュストのテーマ」は、ベートベンの交響曲を想起させる印象的な冒頭から始まりました。アーギュストのキャラクター性については、西木さんもクリエイターとして共感する部分が多かったんじゃないでしょうか。
西木:ものづくりに対してアーギュストが抱える苦悩はよく理解できます。そこから逃げ出した結果、闇に堕ちてしまった人という印象ですね。アーギュストのテーマは、彼のキャラクター性に音楽を当てはめるというよりは、彼が作る劇中劇に音楽をつける所からスタートしました。ものづくりのプレッシャーから、彼自身も虚構の自分を演じるしかなくなってしまったんだと思います。だから彼自身のテーマというよりは、彼の劇のテーマなんです。
高橋:「“覇王”パーディス三世のテーマ」には、威圧感に圧倒される印象がありますね。こいつは今までのボスとは格が違うぞ!と。
西木:それを音楽的に分かりやすく表現するために、バルトーク・ピッツィカートという手法を使いました。これは弦を指で弾いて音を出す通常のピッツィカートとは違って、指板に弦が当たってしまうくらい強く弾く方法です。コントラバスやチェロのような大きい楽器の場合は、ムチで叩いた時のような音が出ます。それを冒頭に入れることで、パーディスの凶悪な感じを表現しました。
高橋:Switch版に引き続き使用された各地方のテーマは長く聞いても飽きない心地よい曲が多数ありますね。特に「フロストランド地方」や「記されざる島オルサ」のテーマには、どことなく日本っぽい和音やメロディーモチーフを随所に感じられます。このように、日本人プレイヤーの記憶にある既存コンテンツや日常風景のイメージに紐づくモチーフをうまく取り入れることでストーリーへの吸引力を高めると感じましたが、それは意図されてのことなのでしょうか。
西木:日本っぽく感じる理由は、4度のハーモニーにあります。「4度の関係」とは、ドを起点に始まる4番目の音との関係、つまりドとファのことを指します。日本人は4度の音にノスタルジーを感じるみたいで、久石譲さんがよく使う音としても知られています。代表例として「風のとおり道」には4度の音がふんだんに使われています。このようにノスタルジーを表現した結果、日本人にとって日本っぽいという印象が生まれたんだと思います。
高橋:大陸の覇者のシナリオ「全てを極めし者」の最終章ボス戦であるパーディス戦では、戦闘の進行によって「“覇王”パーディス三世」から「全てを極めし者」、「覚悟を決める時」、「魔神の血を継ぐ者」、「旅路の果てに立ちはだかる者」と、楽曲が変遷していきます。
アラウネのセリフ後に逆襲モードに入った戦闘終盤に流れる「旅路の果てに立ちはだかる者」の33秒目にフォークロアなモチーフが入ることで、自分たちが辿ってきた旅路の風景が脳裏に浮かび、パーディスに殺された姉やそこで出会った人々の想いを背負って戦っているというヒロイズムに浸れます。音楽の導入タイミングとゲームシナリオの絶妙な連携がもたらした見事なストーリーテリングで私自身も感動しました。こういった演出は、どのように調整したことで実現できたのでしょうか。
西木:実は僕もゲームをプレイするまで演出については何も知らなかったんです。ただパーディス戦のバトル曲としか依頼されていなくて、Switch版で作曲した「魔神の血を継ぐ者」と「旅路の果てに立ちはだかる者」が使われることも知りませんでした。
パーディス戦は一番盛り上がる場面なので、原作を知っているプレイヤーがより感情移入できるように制作チームの方々が意図した演出なんでしょうね。毎回新曲を用意するのがお客さんに対する礼儀だと考えるのが作曲家の性なんですが、ユーザーとしては新曲よりも思い入れのある曲の方がテンションが上がることもあるんですよね。もしかしたら、それを見越してあえて僕にも伝えなかったのかもしれません。
森川幸人(以下、森川):『OCTOPATH TRAVELER』の音楽はオーケストラによる生演奏が多いですよね。やはりDTMのようにデジタル音源では難しいのでしょうか。
西木:デモはDTMで作ります。その時点で、打ち込みで可能な音と不可能な音がはっきりするんです。ヴァイオリンやフルートの音を機械でサンプリングしてシンセサイザーで演奏した場合、どうしても嘘をつかれているような感じが出てしまいます。テクノやハウスのようにシンセサイザーそのものの音を持ち味にするケースと違って、本物のオーケストラが人の心を動かすような音を再現するには限界があるんです。
森川:それはゲーム音楽の世界では常識なんですか。
西木:大方の認識はそうだと思います。例えば、昔のゲーム音楽はピコピコサウンドだったけど、確かに人の心を動かしたわけです。当時はいわゆるシンセの音色で表現するという制約が前提にあって、その中で可能性を追求していました。それはチップチューンと呼ばれるひとつのジャンルを形成するまでに独自の進化を遂げました。現代のゲーム音楽はそうした制約がないからこそ、シンセサイザーで表現された音だけでは人の心に刺さらないのかもしれません。あくまでも作曲のテスト段階の音という認識なんだと思います。
森川:ゲームグラフィックの発展にも同じことが言えますね。昔はドットで表現していたものが、ハードウェアの進化とともに3Dでリアルになっていったため、逆に嘘っぽさが際立ってくるような。ちなみに、西木さんがゲーム音楽を作る上で、クラシックの素養が持つ意味は大きかったんでしょうか。
西木:どうですかね。もちろん幼い頃からピアノを習った経験や、音大で培った作曲手法といった土台に助けられている部分はありますけど、僕の得意分野はユーザーの求めているものや時代の流れを分析することだと思います。
森川:プロデューサー気質なのかもしれないですね。
西木:そうかもしれません。どういう音楽を、どのタイミングで流したら、お客さんはどんな反応を見せるか。それが自分の思い描いたとおりになった時が一番快感です。それを他人に発注してもいいんだけど、いまのところは自分でやった方が上手くいく可能性がもっとも高いので、自分で作曲しています。
森川:プロデューサー西木の下にいる作曲家の西木さんみたいな。
西木:本当はプロデュースだけして生活できれば一番楽なんですけどね。
森川:ゲームのキャラクターを細かく分析していることに感銘を受けました。ゲーム音楽を作曲する際は対象の情報が多い方が作りやすいんでしょうか。
西木:決して多ければいいわけではなくて、本質的な情報を見極めて積極的に取りに行きます。ユーザーにとって『OCTOPATH TRAVELER』の何が重要なのかを探す作業です。すべての要素を音楽で網羅しようとするとその本質を見失うので、必要な情報だけを的確に抜き取れる能力が大事なんだと思います。
森川:8人の主人公に異なる楽器の音を割り当てたのは、その本質的な情報を表現するためなんですね。
西木:そのとおりです。8人には固有のテーマがあって、ボス戦前の会話シーンでは主人公ごとに専用のイントロが流れます。それをユーザーが聞いた時に、それが主人公のテーマのバリエーションであると認識してもらう必要があるのですが、それまでに各キャラクター専用テーマが流れるのは数回だけなんです。こうした演出を生かすには、キャラクターを示す分かりやすいアイコンが必要でした。
例えば、トレサというキャラクターにはハーモニカの音を使っているので、ほかの曲ではハーモニカは極力使わないようにしています。また、ハンイットというキャラクターにはピアノの音を割り当てています。でもピアノは色んな曲に使いたいので、「ピアノソロ」の曲に関してはハンイットのテーマに限定しています。
森川:僕はゲームキャラクターをデザインする時は色に気を付けています。人間は名称や形状よりも色の情報を先に認識するので、それだけでキャラ付けになるんです。キャラクターのテーマに合わせて楽器を当てはめるという工夫も、そういった動物の生理的なレベルの認識と何か関係があるのかもしれませんね。
西木:楽器の音色から受ける性格的なイメージみたいなものはあると思います。例えば、ハーモニカの音色から底意地の悪いキャラクターを思い浮かべる人は少ないと思うんです。そういう文脈を利用することで、音楽を聞いただけでキャラクターの性格が何となく分かるようには意識しました。
森川:なぜ人は4度の音にノスタルジーを感じるのか。個人的には、そういう感情的な価値を脳が生み出す生理的なメカニズムに興味があります。もしAIがメロディラインのような上辺だけでなく、そういったレベルの概念まで学習できれば、もっと深いレベルで音楽づくりに関われるはずなんですよね。
第二次AIブームが萎んだ理由のひとつが、そうした部分を上手く記号化できなかったからなんです。その後の第三次AIブームで登場したディープラーニングが革新的だったのは、そこをAIに丸投げできてしまったこと。人間は自分の考えていることを完璧には記号化できないという前提で、あえて記号化を諦めることによって急激にAIの学習精度が向上したんですよね。
もしかしたら音楽の法則を記号化しなくても、人間には想像もつかない形で彼らは理解できるのかもしれません。まさにいま、芸術という分野にAIが少しでも関われる時代がきているんだと思います。西木さんにとって、作曲におけるAIとはどんな存在ですか。
西木:AIだからこそ作れる音楽に期待しています。作曲家が時間をかけて書く必要のない音楽って、世の中にたくさん存在すると思うんです。例えば、動画編集の際に無音じゃ寂しいから付け足す何でもないBGMは、わざわざ人間が作らなくてもいいんじゃないでしょうか。そういった作業をAIが代行していくのかもしれません。だからといって、AIの音楽が人間の音楽に完全に取って代わるとも思いません。初音ミクのようなボーカロイドが登場した際に人間の歌声を代替する存在にならなかったように、それ自体の価値として評価されるんだと思います。
森川:最近のゲーム開発では、単純なデバッグやQAのような人間がやる必要のない作業にAIが使われ始めています。人間のトップクリエイターに匹敵するようなことはできなくても、先ほどのBGMと同様に何でもないモブキャラの制作ぐらいだったらAIが担えるかもしれませんね。ゲーム業界はAIの導入が比較的に遅れています。音楽業界はどうなんでしょうか。
西木:音楽業界も遅いと思います。日本には人の手で苦労することに意味があるという価値観が根強いので、仕事の効率化に役立つ技術の導入が遅れてしまうのかもしれません。いつの世も新しい技術をいち早く生活に取り入れられる柔軟な思考の持ち主が時代を変えていくんでしょうね。
森川:そういう啓蒙は西木さんの世代に期待しています。
Writer:Ritsuko Kawai / 河合律子