LiDARの進化を担うAGCの光学部材 安全で高度な自動運転車の実現に貢献 - 日経クロステック Special

自動運転車は、もはや夢の乗り物ではなく、手が届く近未来のクルマになりつつある。安全な自動走行に向けた判断材料を得るため、自動運転車には、視覚をデジタル化するカメラやクルマ周辺の人やモノの3次元的な配置までを把握するLiDARなど、多様な光学系センサーが数多く搭載される。AGCは、これらのセンサーを構成するレンズや光学フィルター、回折光学素子などの開発・供給を通じて、自動運転車の安全性向上に貢献している。材料から加工、そして光学部材の設計まで、すべて自社で一貫で開発・生産できる体制を生かし、他社では実現できない圧倒的な高性能化に加え、高品質化、低コスト化を実現した光学部材を創出している。

近未来の自動車は「走る光学部材の博物館」

クルマの自動運転技術が、ADAS(先進運転支援システム)から完全自動運転の実現に向けて着々と進化している。その進化を支える技術として、人工知能(AI)と共に急激に高度化しているのがセンサーである。いかにAIの性能が向上しようとも、判断材料となるデータの質が悪ければ、正しい状況判断はできない。あらゆる天候や時刻に、より広範囲の検知領域から高精度の情報を得るため、1台のクルマに多種多様な機能・特性を備えたセンサーが使われている。

なかでも、完全自動運転車の実現に不可欠とされるのが、人間の視覚をデジタル化するカメラや3次元情報を収集するLiDAR(Light Detection and Ranging:レーザーレーダー)など、光学系のセンサーである。現在のクルマは、制御用や状況判断用のコンピューターを数多く搭載し、「走るコンピューター」と呼ばれるようになった。近未来に登場する完全自動運転車は、“走る光学部材の博物館”と呼べる状態になることだろう(図1)。そして、高性能な光学部材を、いかに高品質かつ低コストで作るかが、クルマの安全性向上に直結する時代が到来する。

図1 近未来の完全自動運転車には多種多様な光学部材が搭載される

材料・加工・設計をすり合わせ高度な光学部品を作り込み

電子カンパニー電子部材事業本部 光部品事業部 製品企画部長大澤 光生氏

AGCでは、戦略事業の一つとして、エレクトロニクス・電子部材関連ビジネスの育成に注力している。2020年には、1050億円の売上規模に成長しており、2025年には1800億円を目指している。こうした成長を後押しする商材として、レンズやフィルター、拡散板など、LiDARやカメラを構成する電子機器用光学部材のビジネスも展開している。

LiDARやカメラをセンサーとして利用する場合には、センシングの精度を高めるために、照射光や入射光に様々な光学的処理を施す必要がある。「光学的処理の質の高さは、センサーの性能に直結します。素材開発からコーティングなどの光学設計・加工、さらにはレンズなどの成型まで、すべて自社で行うことができるのがAGCの強みであり、他社では実現できない光学部材を開発・製造しています」とAGC 電子カンパニー 電子部材事業本部 光部品事業部 製品企画部長の大澤光生氏はいう(図2)。

図2 光学部材の開発・製造でのAGCの強み

クルマに搭載するLiDARやカメラなどを構成する光学部材は、電子系システムの仕様に合わせてカスタム開発する必要がある。さらに、より高性能・高品質・低コストな光学部材を実現するには、材料と加工、設計の間で技術の徹底的なすり合わせが欠かせない。AGCは、材料技術、加工技術、設計・評価・分析技術の3領域で豊富な技術の引き出しがあり、要求に応じた光学部材を効果的かつ効率的に開発・生産できる。

「多種多様な機能・性能の光学部品を生み出す体制として、我々ほど多彩な技術を保有している企業は珍しいと自負しています。市場や技術のトレンドを常にウォッチし、お客様の困りごとを先読みして、将来必要になる技術を開発・取得するように努めています。既存品では対応不能な光学部品のニーズを持つお客様から声を掛けていただければ、他社では提案できないようなソリューションを迅速に届けることが可能です」(大澤氏)

材料と光学の技術を提供しCASEへの大変革を支える

現在、自動車業界は、「CASE(コネクテッド、自動化、シェアリング&サービス、電動化)」トレンドに沿って、クルマを再発明するかのような大変革に取り組んでいる。そして、AIやIoTなど最先端ICTに加えて、自動車業界のコアコンピタンスである機械技術とは異なる分野のパワーエレクトロニクスやセンシングなどの技術を駆使して、新たな価値を創造する必要が出てきている。

CASEトレンドを推し進めるためには、これまで自動車業界自身で蓄積してきた知見や技術だけでは足りず、他業界との協業が欠かせない。AGCも自動車業界の大変革を、材料と光学という業界外となる技術の提供によって支える企業のうちの1社だ。

LiDARの進化を担うAGCの光学部材 安全で高度な自動運転車の実現に貢献 - 日経クロステック Special

AGCと自動車業界のつながりは、自動車の窓ガラスなどの供給を通じて意外と長い。「自動車業界は、クルマを構成する部品や材料の一つひとつに、人命を預かるに足る安全性を求める、他業界とは比べようがないほど厳格にサプライヤーの管理を行う業界です。自動車業界固有の価値観や品質の基準を熟知していないと、いかに優れた光学部材を保有していても取り引きすることはできません。自動車用ガラスを扱い、自動車業界の目線に合った商品開発ができる点は、車載電子機器用の光学部材ビジネスを展開するうえでのAGCの強みです」と大澤氏はいう。

LiDARを構成する一つひとつの部材にAGC独自の技術がキラリ

ここからは、LiDARを例に挙げて、どのようなところにAGCの光学部材が使われ、いかなる機能や価値をAGCが提供するのか紹介したい(図3)。

図3 LiDARの構造とAGCの光学部材

ADAS(先進運転支援システム)搭載車や自動運転車において、LiDARはドライバーやクルマの周りにいる人やモノの安全を守るための情報を得る目の役割を果たす。近赤外線のレーザー光を対象物に照射する部分(エミッター)と、反射して戻る光を検知する部分(レシーバー)を組み合わせて構成された、対象物までの距離を測るセンサーの一種である。LiDARは、様々な役割を果たす多種多様な電子部品や光学部材で構成されている。AGCではレンズやDOE(Diffractive Optical Element:回折光学素子)・拡散板、光学フィルター、さらには赤外線透過率の高いカバーガラスなどを供給(図4)。加えて、光源となる半導体レーザーを実装するパッケージ基板のような電子部材も提供している。

図4 AGCが車載向けLiDAR用として開発供給している光学部材と電子部材

エミッターで近赤外レーザー光を照射する際には、検知領域の隅々まで光を行き届かせ、さらには検知可能な反射光が得られる光強度を確保するための光学部材が必要になる。ここで使われるのがレーザー光を回折させて任意パターンに変換するDOE(回折光学素子)や、光を屈折させて照射したい領域に拡散させる拡散板である。AGCは、無機材料だけで光学素子を作製する技術を保有しているため、高いピーク光強度をもつレーザー光の照射を可能にする高い耐久性を備えた光学部材を提供できる。これによって、日中の太陽光の下でも遠方の対象物を検出可能になる。

また、クルマに搭載するLiDARでは、検知の目的や利用シーンに応じて、多様なレーザー光の照射方式を使い分けている。照射方式には、直進光を走査させて広い検知領域をカバーするスキャン方式や、広範囲に一度に光を広げて大きな角度範囲を一度に照射するフラッシュ方式、さらには両方式の中間に当たるラインスキャン方式などがある(図5)。さらに、光を走査する方法も多様だ。DOEや拡散板は、こうした照射方式の違いを考慮して、最適に設計する必要がある。

図5 LiDARの多様な光の照射方式

エミッターの光源となる半導体レーザーでは、長距離での感度を高めるために、高出力化が求められている。その実現には、素子で発生する熱を効率よく逃がせるパッケージ基板が欠かせない。AGCでは、微小な電子部品の製造などに利用されるLTCC(Low Temperature Co-fired Ceramics)技術と、独自のガラス材料技術を組み合わせて、「GCHP®(Grass Ceramics Hybrid Package)」と呼ぶ放熱効率の高い新型パッケージ基板を開発しており、長距離検出の実現に貢献する。

レンズは、エミッター側ではレーザー光を長距離飛ばすためのコリメート(光線の方向を並行にする光制御)や、光線を走査して広範囲に照射するための発散に使われる。レシーバー側でも、反射光を検知用センサーに集める集光に利用する。レンズも拡散板などと同様に、採用するレーザー光の照射方式やLiDARそのものの構造、仕様に応じて最適設計する必要がある。AGCでは、精密加工した金型にガラス材料を入れ、加熱し軟化させてプレス加工する、モールドプレス成型法を用いて加工している。量産性に優れた製法であり、製造コストの低減に寄与するものだ。

レシーバー側では、センサーで反射光を検知する前に、取り込んだ光の中から太陽光や照明光など反射光以外のノイズを取り除く必要がある。その役割を担って検出感度を高めるのが、光学フィルターである。AGCは、幅広い波長、透過率、阻止波長帯域などに対応する光学フィルターを自在に作り出す技術を保有しており、目的や利用シーンに合った特性を作り込んでいる。

クルマに搭載するLiDARでは、飛び石などによる衝撃から内部構造をカバーガラスで保護する必要がある。このカバーガラスは、強度が高いだけでなく、近赤外線の高い透過率も同時に求められる。場合によっては、ここに霜取りや融雪に使うヒーター機能を組み込む要求もある。AGCは、ガラスの強度強化のノウハウや各種加工や製造技術を駆使し、こうした要求に応えるカバーガラスを開発・製造している。

LiDARのさらなる進化のカギは光学部材の小型化にあり

LiDARは、自動運転車などの安全性を確保するために欠かせないセンサーではあるが、現時点ではクルマに搭載した際に目立つ大型の装置である。屋根に搭載するとパトランプのような外見になってしまい、そのままでは乗用車向けとしては不格好だ。このため、実用化を見据えての小型化が急務である。また、安全性向上の観点からも小型化は重要だ。自動運転車の開発では、あらゆる走行環境に対応し、さらにセンサーなどが故障しても安全性を確保するため、異なる方式のセンサーを複数台搭載するようになってきている。複数のタイプのLiDARなどの光学系センサーを小型化・複合化できれば、当然、1台のクルマに搭載可能なセンサーの数が増え、安全性は格段に高まる。

LiDARを構成する部品のうち、電子部品に関しては小型化が容易だが、レーザー光を走査するための機械部品、そして光学部材の小型化は難易度が高い。逆に言えば、AGCのような様々な機能の光学部材を手掛ける企業の頑張りが、LiDARなどの光学センサーの小型化・複合化のカギを握っているといえる。

AGCは、既にこうした要求に応える準備を着々と進めている。「光学部材の機能を複合化し、レンズ枚数の削減やフィルター機能の統合などを進めて、光学部材の総数を減らしていきます。これは、材料技術、加工技術、設計技術を1社で保有するAGCだからこそ可能なアプローチです」(大澤氏)。

LiDARを搭載したクルマは、市場投入が始まっており、AGCの光学部材が一役を担っている。また、一般にはあまり知られていないが、LiDARを利用する自動運転システムが実用化されている応用が既にある。工場内で製品や生産用部材を運搬する「AGV」と呼ばれる自律走行型の搬送ロボットや掃除ロボット、ドローンなどである。さらに、今後は、農機や建機の分野でも自動運転システムの導入が着々と進みつつある。

AGCの光学部材の進化によって、自動車だけでなく、スマートファクトリーやスマート農業、さらには光学センシングを必要とするIoT、メタバースなど様々な業界のイノベーションが後押しされることだろう。AGCは、より高度な光学部材を生み出す技術を磨き続け、新たな価値創造に貢献していく。

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