「20世紀少年」(小学館)などで知られる人気漫画家・浦沢直樹がプレゼンターを務める「浦沢直樹の漫勉neo」(夜10:00-10:50、NHK Eテレ)。同番組は漫画家の仕事場にカメラが密着した映像を元に、浦沢が同じ漫画家としての視点から対談で切り込んでいくドキュメンタリーで、2014年からの「漫勉」、2020年からの「漫勉neo」ともに、ちばてつや、萩尾望都、さいとう・たかをといったレジェンドから東村アキコ、押見修造ら気鋭の面々まで、各ジャンルの第一線で活躍する漫画家が登場してきた。【写真を見る】「20世紀少年」浦沢直樹、“総北”ジャージを着用した「弱虫ペダル」渡辺航と対談!そして今回、新作の放送が決定。3月2日(水)に「弱虫ペダル」(秋田書店)の渡辺航、9日(水)に「エロイカより愛をこめて」(秋田書店)の青池保子、16日(水)に「宮本から君へ」(講談社)の新井英樹が登場する。放送を前に、同番組のプレゼンターである浦沢にインタビュー。自分自身も最前線で活躍しつつ、多くの漫画家の仕事風景を見つめてきた浦沢に、番組開始のきっかけやこれまで見てきた中でも印象的だった漫画家、漫画制作の魅力などについて話を聞いた。■浦沢直樹 インタビュー――「漫勉」シリーズは2014年から続く人気番組ですが、そもそも番組が開始したきっかけを教えてください。僕は5歳ぐらいからずっと“描く側”にいたのですが、漫画が完成されていく過程の面白さを幼いときから感じていたんです。ですが、読者は出来上がったものしか見ていない。それが読者と描き手の間に深い溝を作っているんじゃないか、というジレンマをずっと感じていました。この話を放送作家の倉本美津留さんと食事しながらしていたのですが、僕らが(漫画を描いている時に)見ている画面を(視聴者にも)見てもらうことで、読者の漫画に対する認識が変わるんじゃないか、ということになり、徐々に「漫勉」になっていったんです。――これまでにもたくさんの先生が登場されましたが、振り返ってみて印象的だった方を教えてください。漫画の描き方は本当に人それぞれで、ペンを持つ位置からしてみんな違います。例えば萩尾望都さんはペンの先の方を持ち過ぎで、猫が爪で引っかきながら描いているような感じがして面白かったです。あとは藤田和日郎さんのホワイトの使い方。ホワイトでの修正は1~2回が限度だと思っているのですが、彼の場合、4~6回は塗っているんです。あんなに塗ったら、原画は数年したらひび割れてしまうんじゃないかなと。だったらデジタルで描いたほうが良いのでは! とも思いますが(笑)、アナログでやっているおかしさが作風に出ていますよね。――萩尾望都さんやさいとう・たかをさんなど、レジェンドでありながら現役でずっと描かれている方もたくさん出演されていましたね。この番組をやっていて、漫画家に定年はない、描けるうちはずっと描くというのが我々の宿命だなとつくづく感じます。僕は物心ついてからずっと描いていますが、命を終えるときまで描いているんだろうなと思います。■漫画とは「それぞれの生活の中から作品がにじみ出してくる」もの――今回の放送では渡辺航先生が「弱虫ペダル」を、青池保子先生が「ケルン市警オド」を、新井英樹先生が読み切り作品「パンゲアね」を制作される様子が公開されます。3名の先生はそれぞれどのような方々でしたか?「漫勉」に出ていただいた先生たちは全員“1人1ジャンル”みたいな方でしたが、今回もそれぞれ全く違う漫画の描き方をされていました。青池さんはキャリアが50年を超えるレジェンドです。その長いキャリアを支えた、漫画をとにかく楽しみながら描く、という姿勢に心打たれました。一番若い渡辺さんは、ご自身も本気で自転車に乗り続けて体を鍛えていらっしゃる、日焼けで真っ黒な方でした。ご本人の躍動感がそのまま作品に表現されています。かと思うと、新井さんは20年ほど引きこもってらしたという。そして最近外に出て行くことで、新たに人間に対する温かい目線が生まれ、作品にそれが反映されているところがとても興味深かったです。それぞれの生活の中から作品がにじみ出してくるんだということが、今回の放送でも伝わるんじゃないかなと思います。――漫画家の作業風景で、浦沢先生が「必ずここに注目してしまう」点を教えてください。.ペンのスピードですね。速い人は「だから躍動感が出ているんだ」と思いますし、ちょっとずつ進めていく人には「だからあの繊細さが出るんだ」と。作品全体を作っているムードのようなものも、ペンのスピードが司っているイメージがあります。■番組を通じ、「漫画の描き方が相当変わったんじゃないかな」――浦沢先生にとって、「漫勉」で他の先生の作業を見ることは刺激になりますか?刺激だらけです。例えば、ちばてつや先生が(原稿を汚さないように)キッチンペーパーを(手の下に)当てていたのは非常にいいなと思いました。あとは、目を描くのが少していねいになったかもしれません。西炯子さんら少女漫画系の方が「瞳が命」という感じで描かれているのを見て、瞳を大事にしなきゃいけないなとしみじみ思いました。番組を始めてから、漫画の描き方が相当変わったんじゃないかなと思っています。――番組を通じ、漫画全体に対する考え方が変わった部分はありますか?1人で描いていると「僕1人だけが大変な思いをしている」と思いがちですが、たくさんの漫画家の先生方に会うと「みんなやっているんだ」「みんなしつこく追求しているんだ」としみじみ分かり、僕1人じゃないんだと励みになります。放送を見ている漫画を描いている方は皆さんそうだと思うんですが。■電子書籍解禁のきっかけは「いきつけの本屋さんが閉店してしまったこと」――漫画界において、先日浦沢先生が電子書籍を解禁されたのは大きなトピックでした。解禁の決め手となったポイントはどこにあったのでしょうか?一番大きかったのが、いきつけの本屋さんが閉店してしまったことです。行き帰りにちょっと寄ったりしていた本屋さんに僕の本を置いてもらっていることにうれしさを感じていたのですが、それがなくなったとき、「僕の本はどこに置けばいいんだ」という感覚があって。もう意地をはっていても仕方がないんだと思いました。(電子書籍解禁にあたり、)僕は(作品の冒頭に掲載する)「見開き読み推奨!マーク」というものを作りました。電子書籍をスマホで読まれると、見開きで見せたいページが片ページだけになってしまい、我々の演出が全く効かなくなってしまうんです。それこそ、今回出演される渡辺さんの作品は、自転車がバーンと走る躍動を見開きの単位で描いていらっしゃるのですが、漫画のあるべき姿を取られてるんじゃないかと感じました。縦スクロールの電子書籍などもありますが、まだ過渡期の文化だろうなと。エンターテインメントとして成熟させていくには、まだまだ試行錯誤しなくてはいけないと思います。――先生の作品はすでにたくさんの方が読まれていますが、電子書籍を解禁したことで、さらに若い世代にも先生の漫画が広がっていくかと思います。これまで紙で漫画を読まれていた年齢層の方たちは僕のことをご存知かもしれませんが、若い人たちにとっては、僕はむしろ“新しく発見した新人”のように見えているかもしれません。よろしくお願いします!(笑)電子書籍には絶版がないので、山ほどある過去の名作を若い人たちにどんどん読んでいただけるようになるというのは、それだけでも非常に価値のあることです。一方、あまりにもズラーっと名作が並んでしまっているので、何を読んでいいかわからず途方に暮れることもあるかもしれない。それを今後、どうやって解決するべきなんだろうと考えています。■浦沢直樹、漫画制作の魅力を語る!――最後に、浦沢先生は番組内でたくさんの漫画家の方にお会いになっていますが、皆さんに共通するものがあれば教えてください。皆さんを見ていると、漫画を描くのが楽しくてしょうがない人たちが、漫画を描くことをそのまま仕事にしてしまっているということが伝わってきます。漫画家は妄想する力と表現する力、2つの力を合わせ持つ人なんですよ。映画を制作しようとすると、スポンサーを募ったりスタッフを集めたりキャスティングしたりと、1年程度下準備があってからスタートすることになりますが、漫画は、「あ、すごい面白いことを思いついちゃった!」と思ったらもう描き出せる。僕を含め、みんなその楽しさに取りつかれた人たちに見えます。頭の中を見せてあげることができたら僕の楽しさをお分かりいただけると思うのですが、それくらい漫画を描くのは楽しいです。大変ですけどね(笑)。