パリで2022夏プレゼンテーション 「バレンシアガ」と「おじさん構文」、その右岸と左岸

 パリ時間2021年10月2日、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が手掛ける「バレンシアガ(BALENCIAGA)」2022サマー プレゼンテーションが、パリ1区のセーヌ川右岸にあるシャトレ座で催された。当日はオリジナルの短編アニメ映画『The Simpsons|Balenciaga』のプレミア上映も兼ねており、「バレンシアガ」の新作コレクションを着用した招待客が来場する様を、劇場内で待機するカメラマンがフォトコール撮影するというユニークな演出だった。プレミアらしく、ドレスコードは一般的には"ブラックタイ"。黒を中心にドレスコードの裾野をキッチュやカジュアルにまで押し広げた、デムナらしい拡大解釈が際立つコレクションだった。

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 奇しくも、同日のパリコレ公式スケジュールで発表された「ANREALAGE(アンリアレイジ)」のコレクションも、現在公開中のアニメ映画『竜とそばかすの姫』との次元交錯コラボだった。ジャーナリストも人間だもの、どうしても今夏の「バレンシアガ」のプレゼンテーションと脳内比較してしまう。

 だが、2ブランドの悪魔合体コレクション評なぞ、そんな切羽詰まったファッションジャーナリズムなんぞ、東京では誰にも求められてはいないのだ。勢いだけで論理の破綻とクレームは火を見るよりも明らかだが、その逃げ道として有能な文体が「おじさん構文」。麺道界隈で自己愛にまみれたタップダンスを奏でており、しかも書き手にとっては香ばしいから厄介なのだ。

 その特徴として、「知識量のマウント」「セルフツッコミ」「開き直り」「自虐」「地雷を勢いよく踏む」らが当てはまるそうで、もはや他山の石とも思えず。自戒を込めて記しておくと、半裸徘徊で濫用される文体の「おじさん構文」と「バレンシアガ」の間に物理的な共通項は一切無い。

 でも待てよ、ことファッションミーム(meme←重要)の観点においては、麺が伸びるほど引いてみると、零れ落ちた時代経を抽出する"デザイン"の輪廻の中にあるからして(スノーク風)、動物行動学と進化生物学の見地からオラの先祖は曹操レベルでまったくの赤の他人とも言い切れないのである。

 高田馬場の闇居酒屋で戯言のように吐露してしまうならば、広告学的な記号論よりも文化文明を遺伝子の生存戦略になぞらえたミームのほうが遥かにエモい。一定数に現象として認められる「おじさん構文」もある種の時代経=ファッションであり、ファッションとは受け手の考え方そのもの。どんなアウトオブなファッションもネットミームのごとく消費され、許容され、再生産され、いつしか1つのスタイルとして生き残る(こともある)。

 そして、どの道にも秀才は存在する。現象として受け取られるはずの表層を、あろうことか発信者側から提案する創造主が稀に現れる。特にオカルトでも天才でもないので醸造主と言ったところか。

 前置きが長くなった。パリ時間の10月2日にパリのシャトレ座で催された「バレンシアガ」の2022年夏コレクション、正確には「Summer 22 プレゼンテーション」についての考察飛躍である。傭兵デザイナーはデムナ・ヴァザリア。高偏差値ファッションミームの醸造責任者だ。

 プレゼンテーションは、ハリウッドスタイルのレッドカーペットでのフォトコール(ルック写真と代替)と、ブランド公認のオリジナル短編アニメ映画『The Simpsons|Balenciaga』のプレミア上映の2部構成。レッドカーペットの模様とムービーは公式YouTubeに即時アップロードされるという完璧なリモートショー。

 なんのことやらだが、パリ1区のセーヌ川右岸にあるシャトレ座まで映画鑑賞に訪れた著名人ゲストたち自身が来夏の「バレンシアガ」を着用したモデルであり、シアターに案内されるレッドカーペット上でコレクションカメラマンが彼らを撮影するという半メタな手法を採っている。後方にはジャーナリストもちらほら。

Courtesy of Balenciaga

 要はプロモデルとランウェイ要らず。ゲストは9月に開催されたメットガラ(MET GALA)のような傾奇者のサービス精神を披露し、各ルックのそれぞれが個人的クライマックスの異形を醸す。著名人というよりもむしろデムナの個人的招待客に近いのだろう。この日のために制作された短編映画を世界最速で鑑賞する趣旨であるため、臨場感がiPhone画面からも伝わってくる。期待に胸を膨らませるゲストらの表情はメタなお約束ではないのだ。

 そんなダイナスティな夜、憧れのシャトレ座で「バレンシアガ」の"ブラックタイ"が漆黒の華を咲かせた。

 旧態依然なTPOとドレスアップなど恰好の餌食。デムナにとっては模倣され伝播する不機嫌なバーニー・サンダースさんのようなミームに過ぎない。極細のコードの上で、アウトオブファッションの瀬戸際で、己が再定義するブラックタイをメリハリ豊かに醸造していた。

 その象徴が、重厚長大なラペルで建築的開放をもたらすスーパーサイズのタキシード。ドロップショルダーのジャケットコートはまるでケープのよう。ラグジュアリーな素材と最上級の仕立てで編み出されたブラックタイの拡大解釈は、斜に構えてはいるが、ドレスダウンでは決してない。洋服の仕様としてはドレスコードの本流を正確になぞっているからだ。

 足もとを締めるべきダービーシューズの代替として、「ザ スペース シュー(The Space Shoe)」を提案。キッズの玩具に使用されるEVA(エチレン・ビニール・アセテート)素材で作られている挑戦的なアイテムはスリッパ認定で差し支えないだろう。同じ値段で5ダースは買えるであろうあの「クロックス」とのコラボ、グロテスクな「ハード クロックス(Hard Crocs)」も忘れてはならない。葬式にサングラスとレザージャケットの黒装束で参上したアウトローへの違和感と憧憬にも似たキャズム超え、サイバーゴアな振り切り方は正解だった。

 ジャケットスタイルの一方で、ストリートウェアやディウェアのカジュアルアップが白眉の出来栄え。トラックスーツやフーデッドパーカー、スーパーサイズのニット、レザーブルゾン、黒ベースのチェックシャツ、黒スウェットパンツなどが、ブラックタイの新しい許容範囲として公のレッドカーペットで太鼓判を押された。

パリで2022夏プレゼンテーション 「バレンシアガ」と「おじさん構文」、その右岸と左岸

 文字通り、ブラックカラーの多用はファンにとっては喜ばしきニュースだろう。花紺やターコイズ、フューシャピンク、ネオンカラーなどが春夏の定番カラーであった「バレンシアガ」において、黒のバリエーションを怒涛の勢いで大提案。非常識かつ的確な言い回しだが、すべからく喪服よりもカジュアルで使い勝手がある。

 サステナブルな生産への取り組みも進んでおり、レザーはサボテンとバイオポリマーに由来する繊維の混合物から作られた植物ベース。無地とプリント生地の95.2%がサステナブル認証を受けているという。毎シーズン、スーパーサイズの陰に隠れているXXSサイズやジェンダーレススタイルにも今回は等しくフラッシュライトが当てられた。

 招待客のすべてがシャトレ座に吸い込まれると、なぜか視聴しているこちら側も安堵する不思議。ロンドン、ミラノ、パリ、NYCで過去に催されたコレクションのショー会場に劇場を使用した例は多々あれど、著名人ゲストをモデルとしても重複起用するというショー演出はなかなかに意表を突くものだった。コロナ禍における海外出張は今後は出世の踏み絵になりそうな気配すらあるが、この型式を模倣すると、浮動票なしのリモートショーとしてイベント演出会社がコンパクトにパッケージングできるかもしれない。

 ウォーキングスキルが未熟な著名人ゲストを立ち姿勢でモデルに仕立てるレッドカーペット方式は確かに理に適っており、立ち止まるきまりだからシャッターチャンスのブレもない。なによりも、海外ジャーナリストやバイヤーらの渡仏許可が下りるか否か不明瞭なままで、座席数とフロントロウを各国の敏腕プレスが数読みしつつ陣取り合戦するよりも遥かに健康的だ。

 2021年10月における現状ベストのショー演出で、世界中のファンが「バレンシアガ」のプレゼンテーションを味わえた。ちなみに、6月に催された前春のAIキャットウォークでも「ザ・シンプソンズ」のフーデッドパーカが1ルック登場している。「グッチ」公認パロディのハンドバッグよりも彼ら中流一家に注目していたマニアにとって、来夏の蜜月ぶりは「してやったり」の想いだろう。

「ザ・シンプソンズ」のフーデッドパーカが登場したコレクション本物?偽物?バレンシアガの新作コンセプトは「デジタルクローン」 グッチのフェイク風バッグも登場

 微グロなアメリカンジョークは日本人にとっていささか馴染みが薄い分野であり、ましてや2019年3月に20世紀FOXをディズニーが買収してからというもの、シンプソン家は毒気と柔らかシフトとの板挟みに追いやられている現状がある。そんな一抹の不安は、デフォルメされたデムナとホーマー、おじさん同士のミラクルな共演で吹き飛んだ。(視聴はこちらからどうぞ)

 さすがは秀才のデムナ、戦禍のグルジアのどこにその土壌があったのかは定かではないが、ブラックユーモアの素養まで持ち得ているようだ。そう考えるといささか納得がいく。今夏、初めて、異業種のセル画に落とし込む必要に迫られて初めて、デムナ・ヴァザリアの鋭角なるセンスが可視化された。世界中のジャーナリストたちにとって、これは僥倖この上ないはずだ。

 デムナの構文にハマってしまうと、安寧秩序が保たれたファッションはとことん堕とされ、辱められ、いつしかラグジュアリーの価値はスタイルと対峙する角度そのものになる。どんなアウトオブなファッションもネットミームのごとく消費され、許容され、再生産され、いつしか1つのスタイルとして生き残る(こともある)。なるほど、両者の間にはセーヌ川よりも深い溝があるのだが、道は違えど「バレンシアガ」は破綻を逃れた「おじさん構文」なのだ!!!(こらーーー!!!)

(文責:北條貴文)

レッドカーペットの全ルックを見るBALENCIAGA 2022年サマーコレクション

北條貴文(Takafumi Hojoh)UOMO編集部web担当

大橋巨泉に憧れ早大政経学部で新聞学とジャーナリズム論を学ぶ。コム デ ギャルソンに新卒入社し、販売と本社営業部勤務。退社し、WWDジャパンで海外メンズコレクションと裏表紙とメモ担当。その後、メンズノンノ編集部web担当を経て、現在はUOMO編集部web担当。

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